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バカ息子が勝手に婚約破棄したけど、母と嫁と元・婚約者は仲良くやっていきます。

作者: 鵠居士

ふらふらとしていたら、面白そうな企画があったので拝借してしまいました。

でも、こんな事になるなんて…と自分でも反省しています。

不快になるやも知れませんので、御注意下さい。

「母上。妻にするべき女性を見つけましたので、マリアンヌとの婚約を破棄してきました。色々と手続きなどあると思いますが、よろしくお願いします」


それは夏の残暑も明けきらぬ秋の夕餉の最中の事だった。

侍従、侍女を立ち並べた中、食事の為に席についているのは、女王イザベラと王太子クリストファーだけ。

先々代国王の御世においては、6人の妃と18人の王子王女らという大人数での食事に必要である、と国一番の家具職人に特注で作らせたという長細いテーブルに、たった二人という人数は寂しいものだった。

少しでも寂しさを埋めようと、テーブルの上には毎回摘み立ての瑞々しい花々と、空席のまま並ぶ席の前には食器をセットして置くようにと侍従長に指示してみたものの、余計に空しさを生み出す。

あぁ、やっぱり止めさせよう。長細いテーブルの上に空しく並ぶ食器と、彼女が見えていないテーブルの端にまで等間隔で並んでいる花を見て、イザベラは後ろに控えている侍従長に指示しようとした。

彼女の斜め右にて食事の手を進めていた一人息子が、まるで明日の天気の話をするように口を開いたのは、まさにそんな時だった。


本当に、何てことのないように宣言した息子に、一瞬イザベラは何を言ったのかを理解出来なかった。



森に包まれ、風に守られた小国アタルヤ。

周囲は大国ばかりの小国の、暫定女王という立場に、イザベラは就いている。

暫定女王、王太子であるクリストファーが即位することの出来る年齢になるまで、という条件で王族の生まれではないイザベラは王位に就いた。もう16年目になる。

イザベラの夫であった国王が急死した時、王太子である息子はまだ二歳でしかなかった。

小国の周囲は大国ばかり。

少しでも領土を増やしたいと目論んでいる大国達は、僅かな隙も見逃すまいと目を凝らしている。

長く空位にする訳にもいかず、幼い王を立てるというのもどうなのか、とイザベルは母親の目線と王妃の目線で考えた。

ならば、もういっそ王位は直系でなくとも…。

そう考えてみたものの、夫の兄弟姉妹は17人も居たが、イザベルが王妃として嫁いだ時にはたったの三人しか生きてはいなかった。その上の代で降嫁したりで国内の貴族に入った王家の血に目を向けてみても、病死、事故死などなど、様々な死因と並べられた名前がイザベラの前に提出されるだけだった。

夫の親友達だった宰相に騎士団長に、私達が支えるから、クリストファーが成人するまでだから、とイザベルは女王として即位した。


この国の成人は、18歳。

イザベルの息子、王太子クリストファーが18歳となるまで、後二月。

現在、イザベルもクリストファーも、そして官吏も侍従も侍女も女官、城内に仕える全ての者達が忙しく成人の儀を即位式の準備の為に動いている最中だ。

即位に翌日には、アタルヤ王国の貴族で最も権力を持っている公爵家の一人娘マリアンヌとの結婚が執り行われる予定だった。

そちらも、準備が慌しく進んでいた。

もうマリアンヌとの結婚後についての、王宮内を取り仕切るにあたっての話も進み、ドレスに装飾品に、と結婚式に身に付けるそれらも特注して完成している。


そこに来て、婚約を破棄した?


あら、私、忙しさで幻聴を聞いたのかしら?


両耳に手を当ててみるが、ふと視界に入った侍従長がもの悲しそうな目で首を横に振る。

どうやら自分の耳が可笑しかったのではない、とイザベラは胸の中の空気を一気に吐き出した。


「マリアンヌは納得したの?」

「えぇ。"それは良う御座いました。お祝い申し上げます"と。それと、母上に"父の説得は陛下にお願い申し上げます"との伝言を預かっております」


そう、とイザベラは溜息をついた。

マリアンヌは良い子だった。良い妻として、良い母として、そして良い王妃として、仲良くなっていけると思っていた。

少しだけ、覚悟が足りない様子が見え隠れしていたところを除けば、本当に良いイザベラの後継者となってくれると信じていたのに。


公爵の説得をイザベラに押し付けるあたり、やっぱり覚悟さえ決まればイザベラの良い後継者になると思えるのだけど。


「女公爵として私を支えてくれる、と約束してくれました」


確かに、マリアンヌは一人娘。王妃とならないのならば、公爵を継ぐのが順当だろう。

あまり女性が跡目を継ぐことは無い国ではあるが、イザベラが暫定とはいえ女王になった前例を作っている。女公爵も難しくないだろう、国王の後押しが絶対にあるのだから。


「……えっと、では、貴方の妻になるのは一体誰なのかしら?」


「アンジェリーナです。アンジェリーナ・バルシュミッツ。子爵家の娘です」

「バルシュミッツというと、西の森の近くに領土がある…」


アタルヤ王国は深く大きな森に囲まれている。

魔獣も多数出現するその森を精鋭だけで少数で移動するのでも辛うじてという具合で、軍を抱えて突き抜けるのは不可能に近い。それ故に、大国に囲われた小国如きが長きに渡って独立を果たせている。

北の森には、知恵深き白き巨虎の魔獣が住む森が広がる。

巨虎にさえ遭遇しなければ、静かで穏やかな実りの多い森なのだが。

東の森には、ドラゴンの巣がある。気紛れに巣に帰ってくるドラゴンもまた、遭遇しなければ彼が集めている宝物をこっそりと持ち出せたり、ドラゴンの魔力に当てられた魔草や魔石が採取出来るのだが、気紛れに帰ってくる彼に遭遇してしまえば、死ぬしかない。

南の森には、大きな湖が存在する。綺麗に澄んだ水を湛える湖の中にも魔獣が住んでいる為、漁をするわけにもいかない、泳いだり、船を漕いだりするのは自殺行為でしかない。

だが、そんな三つの森よりも恐ろしく、慣れたもの以外を足を踏み入れれば二度と帰ってはこれないのが、西の森だった。

主となる強力な魔獣がいない為に、最も多くの魔獣が縄張り争いを繰り返しているという劣悪な環境であり、最も抜けるまでの距離が長くなる。特に、ここ十数年は何故か魔獣達の動きが激しく、森も僅かにだが広がってきているように思える、という報告も上がってきている。


クリストファーが自分から妻に、と選んだ女性は、その西の森近くに存在する領地を治める子爵家の令嬢だという。

正確にいえば、西の森の手前に存在しているのは王領で、騎士団の中でも精鋭が配属されている。その為、西の森の近く、という言葉だけならば危険に満ちた場所なのだろう、と無知な者達は考えるだろうが、実際の所では、西の森一帯の領地は国内の何処よりも安全を享受しているのだ。


「大丈夫かしら…」


イザベラは不安を口にする。

「樵の娘だった母上が、王妃になって、女王をやってられるじゃないですか。なら、アンジェリーナだって、ちゃんと王妃としてやっていけますよ」

私も支えますし、と母親が漏らした不安に顔を顰めたクリストファー。

母親を侮るような言葉を吐いた王太子に、女王の努力と苦労を一番良く知っている、彼女を支えてきた一人である侍従長が目に剣を宿すが、クリストファーには見えない位置で、イザベラが手を動かして制止する。

本当に長い付き合いなのだ。侍従長が自分の事を思って口を挟もうとしてくれるだろうという事も分かっていた。


「そうね。子爵位でも、貴族は貴族だし。頑張って貰えば、なんとでもなるわね」


イザベラは貴族でもなんでもない、樵の娘だった。

夫である先代国王に見い出され、王妃になったのだ。色々と問題はあった。それでも当時王太子だった先代国王がイザベラを庇い、支えてくれたからこそ、周囲も根負けして王妃となることが出来た。王妃となった後にも、相応しくあろうと努力したからこそ、女王とならねばならなくなった時には皆が協力してくれた。


イザベラでも出来たのだ。

子爵家令嬢であるアンジェリーナも出来るだろう。

そう、イザベラは結論付けた。


「では、明日。アンジェリーナを紹介して頂戴。最終的な判断は、そこで決めるわ」


「分かった」






「大丈夫かしら?」

寝室にて寝酒に口をつけたイザベラは、はぁと酒臭い息を吐き出した。

あぁはクリストファーに言ってみたものの、本当に大丈夫なのだろうか、と心配は尽きることなく次から次へと沸いてくる。

イザベラが務めてきた役目は、とても重要なものなのだ。

覚悟と努力が必要だ。

イザベラが女の子を産めば、その子に継がせる筈だった役目。けれど、二番目の子をお腹に宿す前に夫は死んでしまった。

ならば、と幼少の頃からクリストファーの嫁、つまりイザベラの義娘になるマリアンヌにと叩き込み、イザベラ程とまではいかないまでも、上出来なところまで来ていたのだ。

イザベラのように努力と根性、周囲の協力があれば大丈夫だなんて思ってしまったが、後から考えれば考えるほど、不安は湧き出してくる。


でも、しょうがない。

会うと言ってしまったのだ、会わなくてはいけない。

判断する、と言ったのだから、試さなくてはならない。


「ニール」


イザベラが就寝するまで、侍従長が声が届く場所に控えていることは知っている。

だから、イザベラはただ彼の名前を呼べばいいだけだ。


「こんな夜更けに悪いのだけど、マリアンヌにこれを届けて頂戴」

「承知致しました」


名前を呼んだだけで部屋の中に入ってきた侍従長ニールに、イザベラは封をした封筒を預ける。

彼ならば、マリアンヌの下に直接届けてくれるという、信頼があった。






「お、お初にお目にかかります、女王陛下」

例えるのならば、子リス。

アンジェリーナはそんな女性だった。

いや、女性というのも何か可笑しい。歳は15とクリストファーとは二つ違い、マリアンヌとは一つ違いだというのに、全くそうは見えない幼いとも思える少女。


大丈夫かしら、と再び思ってしまった。


でも、こういう子の方が根性があったりするかも知れないし…と無理矢理のように自分を納得させて、イザベラはアンジェリーナに声をかける。


「貴女は、クリストファーの事を愛しているのね?」


「は、はい。身分違いなのも分かっています。それでも、それでも…」

「アンジェリーナを妻に出来ないのならば、私は誰も妻にはしない」


クリストファーがアンジェリーナの肩を抱いて引き寄せ、ぴったりと身を寄せ合う二人。

確かに、二人は愛し合っているのだと分かる。

そして、プルプルと震えて子リスなアンジェリーナにも、一応根性のようなものがあることが理解出来た。


「分かりました。いいでしょう。マリアンヌが承諾しているんだもの。ただし、貴族達への説明はちゃんと貴方がしなさいね、クリストファー。それと、アンジェリーナ。貴女にはこれから毎日、みっちりと王妃としての心構えと教養を身に付けて貰います。」

いいですね、とイザベラが真剣な面持ちで向き合い問えば、二人はへにゃりと緩んだ笑みを浮かべて、イザベラではなくお互いの顔を見合わせて頷き合っていた。





「それでは、アンジェリーナ。ついていらっしゃい」

教育は今日から始まるのよ。

二人の空気を切り裂き、イザベラはアンジェリーナに言い放つ。

アンジェリーナに危害を加えるなよ、という息子の鋭い目が自分の背中に突き刺さる、何とも寂しい思いを味わいながら、イザベラは歩き出した。

女王として忙しい日々だったせいで、親子の関わりは少なかった。それは自覚しているし、しょうがなかったというのも言い訳にしかならないとは分かっている。それでも、息子の冷たさ、母親への信頼の無さに涙が出そうだ。

夫が亡くなって以来の、涙を零しそうな程に、寂しさを感じる。


私、大丈夫よ。頑張るね。


アンジェリーナがそうクリストファーに言い置いて、イザベラの後に小走りでついて来る。それを音だけで判断して、イザベラは客を待たせている部屋へと向かった。



「ご機嫌麗しゅう、陛下。アンジェリーナ様」

「待たせてしまった申し訳なかったわね、マリアンヌ」


「ま、マリアンヌ様」

侍従長に開かせた扉の先の室内に待っていたのは、マリアンヌ。


婚約破棄された人間が待ち構えていた。

最悪なことでも想像したのだろう、アンジェリーナの顔はカーテンがしっかりと閉じられて、ランプ一つだけを光源とする薄暗い部屋の中からでもはっきりと分かる青白さになっていた。


「あっ…」


「ふふっ。嫌ですわ、アンジェリーナ様。そんな怯えずともよろしいのに。わたくし、納得して婚約破棄をお受けしましたのよ。ここにきて、貴女に危害を加えるなんて、わたくしがそんな事を考える愚か者だなんて。」

お思いですの?とマリアンヌは綺麗に整った、整いすぎて感情の乗っていない微笑みで口にする。


「いえ。いいえ、そんな事は。でも、でしたら、どうして…」


「貴女の、クリストファー様の妻になる為の覚悟を決める、そのお手伝いを頼まれたのです」

「幼少の頃から覚悟を持ってきたマリアンヌなら、適任だと思って」

うふふ、とイザベラとマリアンヌの笑い声がぴったりと重なり、薄暗さと状況によって不気味さを醸し出している。


「さぁ、アンジェリーナ様。貴女の覚悟を、イザベラ様にお見せ致しましょう」

「えっ」

戸惑いを露にするアンジェリーナの腕を引き、もう片方の手にはランプを持ち、マリアンヌは特にランプの明かりの届いていない部屋の奥へと誘うのだった。

「イザベラ様。アンジェリーナ様はとても勇気と覚悟のある方なのですわ。わたくしと真っ正面に向き合って、クリストファー様を愛しているのだと、堂々と宣言なされた程なのです」

「まぁ。なら、きっと私の娘としての役目も、ちゃんと果たしてくれるわね」

「勿論ですわ。ねぇ、アンジェリーナ様」


さぁ、覚悟を見せて。


部屋の奥、マリアンヌが頭より上にランプを掲げて周囲を広めに照らし出す。

すると、真っ暗だった部屋の奥に、椅子に腰掛けている男が居た。

「ひっ」

イザベラは平然な顔をして、微笑んだまま。

それはそうだろう。マリアンヌを呼んだのも、男をそうするように命じたのもイザベラなのだから。

だけど、何も知らないアンジェリーナは違う。

引き吊った悲鳴を漏らし、マリアンヌの手を振りほどいて後退る。


椅子の上で男は、目隠しされ、猿轡をされ、耳には耳当て、手を背凭れの後ろに回されて縛られ、足も椅子の脚にくくりつけられている。

完全に動きを封じられ、周囲の様子を知る術も奪われている男の出現に、アンジェリーナは驚いた。


「ニール、猿轡を外して」

「はい、陛下」


だが、アンジェリーナの怯えがまるで可笑しなもののように、イザベラもマリアンヌも、侍従長ニールも、平然とした面持ちで先に先にと話を進めていく。


「さぁ、アンジェリーナ。これで、貴女の覚悟を見せて?」


ニールが男の口から猿轡を外している中、イザベラはアンジェリーナに爪よりも小さな丸薬を手渡す。

これを男の口にいれるの。

イザベラは優しい声音で促すが、意味も何も理解していないアンジェリーナが、猿轡を外されて呻き声をあげる男の口に丸薬を放り込める訳がない。


「こ、これは、な、なんなんですか…」


「何って?王妃として、そして私の娘として、貴女がクリストファーの妻として、これから担っていく役割の練習よ?」


王妃の最も重要な役目、それは王の激務を支え、苦悩の日々を慰め、次代を育み護ること。

それは、どんな国であろうと、そう差異があるものではない。

ただ、この国の王妃には、王妃の役目を果たす為の武器が代々受け継がれていた。これはあまり、他の国ではみないことだろう。勿論、たかが小国でしかない国の王族ごときが、大国と呼ばれる国々が密かにそういったものを王妃に伝えさせているのだとしたら、気付くことも出来ずに、ただ無いのだと思うのみなのだろうが。


この国の王妃たる女性達が代々受け継ぎ続けてきたもの、それは毒だった。


小国とはいえ、そこに王という椅子があり、王に成り得る者が多数存在すれば、王位争いが巻き起こるのは必死。貴族達の間でも権力争いは途絶えることはない。

そして、恐るべき自然の壁が国を取り囲み護っているとしても、大国の名に相応しい兵力を有しているのだから、森を軽々と突破してくる事も度々起こっている。

例え政が上手くいっているとしても、そういった不確定要素の動きが有る限り、王の悩みは尽きることはないのだ。

そんな王の苦悩、疲れを慰め、鎮めるのも隣に寄り添う妻の役目。

でも、どうしたらいいのかしら?第四代国王"幸運王"と呼ばれた王の妃であった"賢妃"は考え、そして人知れぬ間にそれを手にしていた。神より授かった、と彼女は書き残しているが、それが事実がどうかを確かめる術はない。

けれど確かに、その不可思議な毒は実在し、その製法が王妃にのみ受け継がれているのだから、少なくとも彼女が毒を造り出したということだけは真実はなのだ、と今代の継承者イザベラは語る。


「突然心臓を止めて死ぬも、決して覚めぬ酩酊状態に陥って事故として死ぬも、ジワジワと身体を蝕む謎の病となり死ぬも、調合と使用方法次第。効果の表れる対象さえも自由自在に選り分ける事も出来るの。王妃だけに受け継がれた毒、カンタレラと名付けられた魔法の毒は、何度も何度も王を守り助けてきたわ。そして、王の憂いを晴らすことで国も守ってきたの」


貴女はそれを受け継ぐの。

イザベラは笑う。美しく整った笑顔で。


「本当は自分で調合をして貰うべきなのよ、最初の練習ですもの。でも、時間が無いとはいえ、いきなりですものね。今日は、私が苦しみもなく眠るように命が費えるような調合で作ったこれを使って。さぁ、アンジェリーナ」

イザベラは、アンジェリーナの背中をトンッと押して、男の傍に押しやった。

「その男は、王と国の物である筈の富を自分の懐に入れていた悪人。しかも、東の森の先にある大国、デュルセット帝国と通じていたという証拠もあるわ。帝国と通じて、国を食い潰そうとした大悪人。クリストファーを苦しめ、悩ませる男よ。さぁ、アンジェリーナ。クリストファーの王妃としての、初めての役目を果たしてみましょう」


い、いや…。


「駄目よ、アンジェリーナ。貴女はクリストファーを愛してくれているのでしょう?あの子の王妃として頑張ると言ってくれたでしょう?なら、ちゃんと頑張って、ちゃんとした王妃にならないと」

首を振って嫌がるアンジェリーナを、イザベラとマリアンヌが逃がしてくれる筈もない。

さぁさぁ、と笑顔で促すだけ。

「大丈夫よ、アンジェリーナ。王妃の役目は大変で、辛い事もある。でも、愛する人の隣に居る為よ。愛する人の悩みを一緒に背負い、彼の為にお仕事をして役に立てるの。彼の"良かった"って安堵する幸せそうな顔を見ていられるのよ?大丈夫。すぐに何も感じなくなるわ」


丸薬を握り締めたまま動く事もなく、拘束される男から目を逸らし続けているアンジェリーナ。

さぁさぁと言いながらイザベラは彼女に近づき、その手首を掴むと男へと引き寄せた。

「私が王妃の役目を知った時もとても戸惑ったものよ。でも、愛する人を苦しめる存在を、あの人の目の前から消し去ることが出来る、二度とあの人を苦しめようなんて考える事を出来なくさせれる、そう思えば何も怖くなかった。あの人の意思を否定して自由を奪おうとした女に、あの人の判断を非難した人達。あの人が座るべき玉座を奪い取ろうとした人達。あの人の命を狙った人達…。次代である子を護ることも私の役目だったから、あの子の命や王太子という地位を奪おうとする全てにも、それが誰であろうとちゃんとカンタレラを含ませたわ」


私はちゃんと王妃の役目を全うしてきたわ。


「あの子が即位するまで、後二月。大国の王達も訪れるわ。勿論、その翌日にある結婚式にも出席する。貴女には、それまでに王妃の覚悟を確かなものにして貰わないといけないの。最初の練習に時間をかけている時間なんて無いのよ?貴女が受け継がないといけない、もう一つの役目については数年後くらいまでに、ゆっくりと学んでいって貰えればいいから。今は、王妃の役目をしっかりと身に刻んで頂戴?」


まるで、拒絶するアンジェリーナが駄目な子であるかのように、イザベラは甘く優しい声で宥める。

「もう一つの役目?」

「えぇ、そう。王妃のカンタレラを作るのに必要な材料は、国を取り囲む森の中でしか取れないものなの。それを採取してくるのは、樵と呼ばれる森に住まう人。クリストファーに聞いていると思うけど、私は樵の娘だったの。夫に愛されて一緒に戦い抜いて王妃になったのだけど、樵の子は私だけ。王妃の役目だけじゃなくて、樵の役目も私はこなしてきた」


そして、それはまた、受け継がれなければならない。


「マリアンヌは、王妃の役目はしっかりと理解して務めてくれていたのだけど、この樵の役目はなかなか上手くいかなくてね。 でも、西の森の側近くに位置している貴族の娘である貴女のなら、王都から出たことのない箱入り娘なマリアンヌとは違って、上手くなってくれると思っているわ」

「申し訳御座いません、陛下。今後は、自分の不甲斐なさを恥ながら、筆頭公爵として、クリストファー様、そしてアンジェリーナ様を支えていきたく存じます。」


「さぁ、アンジェリーナ。…もし、あの子に恥をかかせる存在があると言うのなら、それは『王妃の役目』をもってカンタレラを使わねばならない敵である、と私は判断することになるわ」

その言葉は重く、冷たく。

けれど、イザベラの脅しでしかない言葉に表情を凍らせ見上げたアンジェリーナは、その声とは正反対の、慈母の微笑みを浮かべるイザベラの顔を直視してしまった。


「さぁ、アンジェリーナ。共に王を護っていきましょう?」


アンジェリーナは深く考えることを止めた。

倫理も、感情も、何もかもを遠ざけて、アンジェリーナはただ一つの事を考えることにした。

クリストファーの妻になる、彼に愛され、彼を愛して、彼の子供を産む存在になるのだ、と。


アンジェリーナは、拳の中に握りしめていた丸薬を、男の口の中に放り込んだ。

その後の全てを直視する勇気はない。見続ける勇気はない。顔を背けての行為だったが、イザベラとマリアンヌから拍手と祝福の声がアンジェリーナへと向けられた。




二月という時間が経つのは早い。

アタルヤの新王即位にさいし、周囲を囲う大国の王達が一堂に顔を揃えた。

正式に国に招かれた際には、通り抜ける森の魔獣達の襲撃が起こり、死者が出た、いや負傷者が出たと言う噂話さえ上がらない。

だが、それも当たり前のことなのだ。王達はそれがどうしてなのか、知っている。

魔女が風に放つ伝説の無二なる毒が、人を害することなく、魔獣達だけの体の自由を奪っているのだから。

小国アタルヤ。

森に包まれ、毒の魔女が支え、風に守られた小国。

森の育む恵みと資源は大国が喉から手が出る程に望むものだが、魔女がそれを許さない。


今日即位する新王は、多種の役目を担わなければならない為に忙しく、あまり親子の時間を取れなかった為か、母を侮り何も知らないのだと、大国の王達は報告を聞いていた。

そこにつけこめば…と一瞬だけ頭に過らせたが、大国の頂点に君臨する彼らはそれを愚考と一蹴した。

護るべき夫を早々に失ったまじょ、今代の王妃まじょたる妻、そして魔女になる訓練を受けながらも妻にはなれなかった女公爵まじょ

例え王が愚かであろうと、三人もの魔女が同じ王を守ろうと揃う中、ちょっかいを掛けるなど、彼らは命知らずではないのだ。


「ようこそ御越しくださいました」


待ちに待った息子の晴れの日を、美しく着飾り、満面の笑顔で喜ぶイザベラが、森を抜けて訪れた大国の王達を出迎える。


「これからも今までと何も変わらぬ日々であることを、新王の平穏なる治世を、どうか列席の皆様方にも、共にお祈り頂きたいと存じます」



王妃の役目は、激務に追われる王を支え、その苦悩の日々に慰めを与え、次代を産み育むこと。

イザベラによって、それを教え込まれた新たな王妃が、これからどんな日々を送るかは、まだ誰にもわからない。教えたイザベラにも分からない。もしかしたら、イザベラのように早くに王を失って、女王として統治を行うことになるかも知れない。クリストファーは、イザベラが愛し失った夫にそっくりだ。その可能性は高いかも知れない。

そんな不安はあるにはあるが、それでも今はイザベラの顔には美しく整った、幸せを甘受する笑顔が浮かんでいた。

母親と元・婚約者と現・婚約者(妻)が仲良く手を取り合って…

を、想像して最初は考え始めたんですが…仲良く?

うん、仲良くしてますよね。うん。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトル詐欺?いやでも仲良くしてるよね、王太子を支え合う仲間として・・・う〜ん、結婚したら、政務に忙しい王太子を仲間はずれにして、三人でお茶会などで、あははうふふと楽しそうにしてる感じかな〜…
[良い点] 予想の斜め上にかっ跳んでましたね 王子はそのうち母と妻と元婚約者の失望買わないか先行きが心配です
[一言] 面白いなぁ。・・・でも前の王様、ほんとに自然死だったのかって部分だけがちょっと気になった。 もしかして:浮気(ry ・・・ん? こんな時間に誰か客がきたようd
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