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それから連絡先を答えたりいきさつを話したりすると、刑事は帰っていった。後には僕と一ノ瀬が残された。丘の頂上、広場のようになっている場所だ。見晴らしはよく寂れた街が見渡せるが、まだ夕刻には早く午後のいつもの姿がただそこに広がっているだけだった。
「ありがとう。」
一ノ瀬がお礼を言った。どうやら感動しているみたいだった、目が少し潤んでる。
「いや、僕の方こそありがとう。一ノ瀬のおかげで力が沸いたよ。」
「何の事だ?」
「いや、なんでもない。」
水が飲みたかったが見渡しても自販機の一つも無い。今なら三百五十ミリ二百円でも買うというのに。
「ありがとう、拓、君と友達で本当に良かったよ。」
思わず僕は笑ってしまった。
「帰ろうか、水飲みたいんだ。下に自販機あったよな?」
「ああ、あったはず。奢るよ、いこういこう。」
登った時は短く辛く感じた丘も降る時は楽に感じる。汗が冷えたのだろうか、少し涼しい。帰ったら風呂に入って休養しよう、もしかしたら風邪をひいてしまうかもしれない。幸い、明日は有休を取ってある。
一ノ瀬は特に何も喋らなかった。あの憔悴状態だと下り坂とは言え辛いのかもしれない。登る時は必死で逃げてたろうから辛いも何も無かったかもしれないが、今は緊張も呪縛も解けて感覚が元に戻っている、ないしは戻りつつあるはずだ。自然の状態を自然に感じる、正常の人間の感覚に。
そういえば。
自然の中特有のやさしい静けさと香りの中で僕はふと思い付いた事を彼に聞いた、
「一ノ瀬、そういえば、なんであの宗教抜け出したいって思ったんだ?」
彼は僕より数歩後ろを歩いていて、僕は振り向いて尋ねる恰好になる。昨日今日の彼を見て確信したけれど、彼は完全に洗脳状態にあった。抜け出したいという願望があるから正常に見えはしたけれど、洗脳されている彼自身がその抜け出したいという気持ちの足を引っ張っていたのは確かだ。だとすれば、何が彼を間違いに気付かせたのだろうか、彼の知性だろうか、それとも身に付いた日常感覚だろうか。
すると彼はこう答えた。
「あそこで祈ってる時にさ、突然、思い出したんだよ、拓の事。そしたらさ、なんか、こんな事間違ってるって思ったんだ。」
あと少しで丘を下りきりそうだった。公園まで付いたら水を買おう。彼が続ける。
「拓だったら、こんなん間違ってるって言うと思ったんだ。その通りだったよ。ありがとう。」
コーヒーも飲みたいな。水を買った後、コーヒーでも買って飲もうか。自販機の飲み物はいいな、田舎でも都会でも同じ味がする(はずだ)。
僕、そんな良識押し通す子供だったかなぁ。
やわらかい風に木々が揺れる。陸上部の連中は特訓とか言ってこの丘を駆け上がってたっけ。よくやるよ、僕なら絶対に嫌だ。
まぁ、彼らが社会人になってからここを駆け上がる事があるかどうかは知らないけれど。
何も子供の頃の生活は思い出として楽しむ為だけにあるわけじゃないさ。
そして丘を降りた僕達はブランコに並んで座ると缶コーヒーを飲んだ。
缶コーヒーはいつもコンビニで買ってるのと同じ味がした。
きっと、これから先この缶コーヒーを飲む度に今日の事を思い出すんだろう。
前半説明だらだらのが失敗、主題がちょっと伝わりにくいのも失敗でしょうか。どこまで書き込むか、っていう判断はなかなかに付きにくいですね。念の為書いておきますが、主人公の思考主張は作者とは違います。




