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「一ノ瀬は友達だ。あんたんトコを出たがってる。おとなしく一ノ瀬を解放してくれ。」
すると、教祖様は今度は僕に向き直り諭すように話し出した。
「信者一ノ瀬は救いを目の前にして今までの罪深き自分に対して混乱をきたしているだけなのです。私であれば、その混乱を鎮め、救いまで導く事が出来ます。どうかご安心ください。これは私たちの問題なのです。」
ぜぇぜぇ。
「ナイフ持って怯えてる人に何かを強要する事を脅迫って言うんだよ、いいから一ノ瀬から離れてくれ。」
「わからない人ですね。」彼はあからさまに不機嫌な声を出した「私は教えを説いているだけなのです。次はあなたに説いてさしあげますからそこで待ってなさい。」
「いらねぇよ、俺はもう救われてる。それより何度言わせる、一ノ瀬から離れろ。」
なんでこんな強気な発言が出てくるのか自分でもわからなかったが、とにかくこういう強弁が口を付いた。向こうは筋肉質でしかもナイフを持っている。一方僕は丘登りで体力気力共に尽きているし、一ノ瀬はとても戦力として期待できるものじゃない。喧嘩になったら僕達二人共「浄化」されて終わるんじゃねぇか、これ?そんな考えが頭に浮かぶ。
「救いが何かをはきちがえてはなりません。私が本当の救いというものを教えてあげます。」
救いに本当もくそもあるか。本人が信じればそれが救いなんだよ。逆に本人が信じなければ救いなんて何処にもない。
「いらねぇ。いいから一ノ瀬から離れろ。」
一歩、僕は近寄った。すると彼も一歩、僕に近寄ってこう言った、
「仕方ありません。邪魔をするというのであれば、私にはそれを阻止する権利があります。」
何処の誰が保証する権利だよ、それは。まさか自分で違法行為をしておいて、法が保証してくれる、とか言うんじゃないだろうな。それとも何か?自分の信じるベンツ好きのオーディン様が保証してくれる権利か?他の誰からも同意を得られない権利になんの意味があるんだよ。
あー、でも、そんな事言ったりするのもメンドくせぇし絶対こいつにゃわからねぇ。
「じゃぁ俺にはその権利を阻止する権利があるな。」
教祖様がさらに一歩僕に近付いた。あと二、三歩の距離。彼の目はガラス玉のようで何を思っているか、何を考えているか読めない。
この状況はまずい。
この距離感に急速に僕は肝を冷やす。まずい、これはまずいぞ、戦闘力じゃ勝てない、一ノ瀬がいる以上逃げ出すわけにもいかない。突然頭が回り出す。言いくるめるしかない、しかし相手は日本語の通じない教祖様だぞ?いけるか?
さっきまでの英雄気取りの自分をバカらしく思いながらなんとか状況を打破する方法を考える。
詰んだ、かも。
そんな弱気な考えが脳を覆い始めた時だった。
がさごそがさごそ
突然辺りの薮から物音が聞こえた。びっくりして見ると警察が数人出てきて僕達を囲った。
「なんですか、あなたたちは。」
教祖様は敵意むき出しに制服警官達を威圧する。その中に居た私服が教祖様に話す。
「西田憲彦さんですね。詐欺の容疑がかかっております。署までご同行願えますか。」
助かったのか?事態の急変に頭が追い付かずに安心しきれず緊張感を持ったまま状況を見守る。それにしても「にしだのりひこ」か、やっぱ教祖様でも本名聞くと間抜けに思えるな。
「またですか。ついこの間私の無実は証明されたじゃないか、もう忘れたのか!」
怒鳴る教祖様。あー、国家権力とか言うのが嫌いな質なんだろうな。
「それがですね、西田さん、信者さんの一人から正式に被害届けが出まして、ねぇ。」
刑事はまったく動じずに警官に指示すると教祖様を丘から連れださせた。怒鳴りちらし反抗する教祖様だったがこれ以上暴れると手錠しますよ、という脅しにしぶしぶおとなしくなり、ぶつぶつ言いながら彼は丘を降りて行った。
「いやぁ、危ない所でしたねぇ。ご無事で何より、です。」
残った刑事が微笑みを浮かべて僕達に言う。
一体何やってんだ、警察は?今頃登場か?と皮肉でも言おうかと思ったけれど、とりあえず助かった現状に疲れがどっとでてしまいそこまでの空元気は出なかった。
変わりに言った、
「助かりました。ありがとうございます。」
「いえいえいえ、お礼を言うのはこっちの方ですよ。やぁ、まったくなかなかにガードの固い狸でしてねぇ。」
疲労していたら頭も回らないと思っていた僕は、その時ぐるぐると思考がまわったのでちょっと驚いた。神経が興奮してるからだろうか。
おそらくこの刑事はずっと教祖様を追っていたんだろう。それから信者を取り込んで切り崩したりして、きっと一ノ瀬の事も尾行していたに違いない。何も無ければ何も出来ないと主張する警察も、例えば一ノ瀬が切られたりすれば動けるわけだ。
実に田舎街らしい警察の動き方じゃないか。まぁ、いい。とりあえず都会で出世街道を行く僕には関係の無い事柄だ。




