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丘を駆け上がれ  作者: ぼんべい
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 「助けてやれよぉ。親友だろう。」

 父も母もまだ一ノ瀬が宗教にのめり込んでいて、そこから脱出したいというフェーズになった事を知らない。別に僕も話さない。

 なんでだろう。酔いが僕に質問をする。

 それに酔ってる僕が答える、簡単だよ、二人を信用してないんだ。

 別に人として信用していないわけじゃない。二人の能力だったり、振る舞いだったり、なんていうのか、彼らはここの土地で長い事生活してきて、もうここから離れた所で自分の居場所を見つけてしまっている僕とは考え方も感じ方も動き方も違う。

 いや、僕の考え方や、ええっと、もういいや。とにかく話した所で僕が期待した通りに動かないだろうし、期待しない動きをして状況をもっと困難にするかもしれない。

 「ああ、もちろん、その為に帰ってきたんだしね。」

 「一ノ瀬君、心配だわ。頼むわよ、拓。」

 「ああ。まかしといて。」

 「ああ、前に言ってたぞ、そういう催眠にははっと気付くような事を言ってやるといいらしい。」

 それから父と母がテレビで見たのだろう知識を助言してくれるのをふむふむと聞きながらその夜は眠りに付いた。

 当然のように数年ぶりの天井は違う家の天井に見えるなぁ、なんて思いながら、当然のように眠りに落ちて、そして朝、当然のように起きた。

 すぐに父は町内会の掃除だかで出かけてしまい、母としばらく話をして昼に出かけた。

 待ち合わせ場所のファミレスに彼は少し遅れて自転車で現れた。手をあげて挨拶する。

 印象は四年前、最後に見た時と変わらなかった。その時の彼をそのままやつれさせた感じ。着てる服もこの辺りでは普通だろう量販店のものらしいネルシャツにジーパン。きっと家の人が洗濯はしてくれてるのだろう。

 中に入ってからも彼はしきりに辺りを気にしていた。小声で第一声、

 「助けにきてくれてありがとう。」

 これがあの一ノ瀬の言葉、か。そうとうやられてるな。頭が回らなくて文法通りの日本語しか出てこない。

 僕も声を潜めて答える。

 「親友じゃないか、気にするな。で、状況はどうなんだ?」

 「わからない。でも、とにかく見張られてる。もしかしたらもう店の中にも居るかもしれないから注意して欲しい。」

 誰が居る?注意って何を?

 「わかった。で、どうする?」

 「わからない。そこはお願いしたいんだ、」ここで彼は僕を見上げた、僕は驚いた、彼の目が文字通り潤んでいたからだ「たのむよぉ、助けてくれ。」

 あと少しで彼の手を握ってしまっていたかもしれない。すくなくとももし一ノ瀬が女だったら握っていただろうな。

 「わかった。まかせてくれ。」

 それから食事を食べながら彼がぼそりぼそりと話してくれる。

 「思い切ってここを辞めたいって先生に言ったんだ。(おそらくその教団では教祖様を先生と呼ばせているんだろう。)そうしたら先生がせっかくここまで救われて本当の救いがすぐ近くまで来ているのにここでまた罪深き人間に戻る事は無いって言うんだ。(この長い言葉を彼は流暢に話した。おそらく何回も同じ事を言われているのだろう。)俺にはどうしても怖くて本当の救いがあるのかどうか聞けなかったんだけど、先生はすぐにわかる、俺には素質があるって言うんだ。本当は僕が自分のお金を使って救われるべきだけれど、そんなお金は無いだろうから最低限の働き口を紹介しているんだ、しかしこれは遺憾だ、って言うんだ。井上さんも榊さんも親からお金貰ってるからずっとお祈りをささげていられる、だから彼らは早く救われる、って言うんだ、でも、俺の親はお金なんか持ってないんだよ。お金持ちだけ救われるなんてどうかしてると思うんだ。」

 おやおや、教団から抜けたいんじゃなかったのか。なのに未だに教団内部で言われている事が彼の心を占めるのか。話が徐々に教団内部のものに移ってきてしまっている。

 境界線が分からなくなってしまっているのだろう。彼から見える世界、彼から見える教団、その二つの境界線が混ざってしまっている。そういう意味じゃ、彼の教団を抜け出したい、っていうのは、この世界から抜け出したい、っていうのと同じなのかもしれないな。

 この世界から抜け出そうとした彼が陥った教団という世界で、再びそこから抜け出したいとあがく、という図式もなかなかに皮肉なものだな。

 しかし、教団から抜け出したい、という願いは正当で至極まともなものだ。僕は全力でこれをサポートする。

 「普通に辞めるってわけにはいかなそうなんだね。」

 「うん、それは出来ないんだ。」

 そう言いながら突然一ノ瀬が慌しく動き始めた。自分のシャツのポケットやジーパンのポケットを両手でせわしなく確認しだしたのだ。目が泳ぎ焦りがはっきりと現れる。

 「あれ、鍵、鍵、鍵、鍵、」

 独り言のような、僕に教えているような、そんな感じに繰り替えした後僕を見据えて、

 「鍵を忘れた。自転車に鍵かけてくる。」

 返事も待たずに席を立つ彼に僕は、わかった、と小さく伝える。そのまま店を出た彼を窓越しに眺める。左から右へ。視界から消えて数分、再び右から現れて左へ進む。自転車に鍵をかけたんだろう。

 この間に僕は彼を救出する手段や彼の現状に対する考察を進めておくべきだった。でも、僕がしたのは突然鍵に付いて思い出すと狼狽して一目散にかけに行ってしまう彼への憐れみをやんわりと抑え込む事だった。

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