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丘を駆け上がれ  作者: ぼんべい
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 箸でやわらかい身をほぐして少し摘むと二つ目の帰省の目的の方へ意識を滑らせる。

 「朝早く起きて、その宗教のお寺行って、夜遅くに帰ってきて、寝て、また朝早く起きるとその神社に行くそうなのよ。」

 お寺?神社?母は他人が使う単語には敏感な所があるのに自分が使う単語にはあまり注意を払わない。だからその部分は自分で確認する事に決める。

 「一ノ瀬君、可愛そうに会社が潰れてしまってなぁ。それからだ、変な噂が出始めたのは。」

 神妙そうな顔を見せながら父が解説に加わってくれる。

 「確かこっちでプログラマーだかSEだかしてたんだよね?彼。」

 「そうそう、当時は最先端ITだのなんだのって、結構皆噂してたのよ?」

 「うちの会社だって、専務の一存であそこにパソコン頼んだからなぁ。」

 パソコンを頼む、という動詞を、システムを依頼する、という動詞に僕の中で翻訳する。

 「ふーん。でも、潰れちゃったんだ、その会社。」

 「なんでも、社長さんが経理の若い子と、」母が両手の指差し指を交差させ、二、三度叩く「できちゃったらしくて、奥さんが会社どなりこんできたり、大変だったみたいよ。」

 「そういうのはあかん。」

 腕を組みうんうんと頷く父。

 例え魅力的な子が会社に居ても手を出さないぐらいの自制心を持つ。旦那が不倫していても相手先に怒鳴り込むのでは無い怒りのぶつけ方を選ぶぐらいの理性を保つ。社長とはいえ個人の事情を会社という社会的な物事の存続に影響させないぐらいの分別をつける。どれも今僕の居る世界では当たり前の事柄だったし、それらのルールを破るにしても破り方というものがあった。それが何一つ出来ずに最悪のケースをひた走るのは、ひとえにまだこっちの世界が未成熟という証なのだろう。

 それに、その事情を皆が知っているという事も未成熟さを裏付けしている。他人への配慮という倫理観が育つ余地もなければ他にめぼしい娯楽があるわけでも無く、噂と悪口がいまだ主な遊技であり続けている。

 「それで、会社潰れてからはすこし何もして無かったみたいなんだけど、ずっと家でパソコンゲーム?みたいなのに熱中してたらしくて。」

 「うんうん。」

 「でね、すこししたら、なんか夜とか出かけるようになったんですって。なんでも友達に会いにいく、とか言って。」

 「なるほど。」

 「で、その友達、っていうのが、」ぐい、とここで母はお茶を飲む「その怪しい宗教の教祖様だった、ってワケなのよ。」

 「なるほど。」

 同じ相槌を続けて使うのは無作法なのは知っていたけれど、両親なので特に気にしないことにした。

 おそらく一ノ瀬はネット漬けになっていたのだろう。プログラマーの多くがそうであるように彼もまた若い頃からネットやネットゲームにはのめりこんでいた。そしておそらく、その教祖様とやらはその世界の何処かに潜伏し都合の良い餌が通り過ぎるのを待っていた。そこに職を無くし人間に対して大きな不信感だけを残し人生を浪費している一ノ瀬が通りかかった。

 あとは教祖様からしてみればただマニュアル通りの手順を踏むだけだったはずだ。

 「一ノ瀬君のお父さんなんかも、警察に相談行ったりしたらしいんだがな。どうにもこうにも、警察っていうのは腰が重くてだめだ。まだ何も起こらないうちは、って言って、取り合ってくれなかったらしい。」

 「ふむ。」

 「そうよ、お母さんもね、一度警察に相談したら?ってすすめてたのよ?でも、警察は忙しい忙しい、そのうちそのうちばっかりで、ぜんぜん駄目なんだって。」

 「なるほど。」

 「だから、拓、力になってあげなさいよ。」

 「ああ、そうだ、一ノ瀬君とは仲良かっただろう。」

 「そうだね。」

 気が付けば皿はどれも空になっていて、晩餐は終わりそうだった。

 「さて、ごちそうさま。拓、どうする?先にお風呂はいっちゃう?」

 「うん、そうするよ。ごちそうさま。美味しかったよ。」

 一瞬、こういう時に母親に口付けするアメリカドラマのワンシーンが頭に浮かんだが、現実的じゃ無いな、とすぐに思い直す。ここは日本だ。かつて日本映画で久々に帰省した若者が母親にキスするシーンなんかあっただろうか。僕の知っている日本映画では若者は悪態ばかり付いていた。

 悪態よりは大人に、キスよりは子供に。

 それが僕の今回の立ち位置と見定める。

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