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二年振りの実家はボロく見えた。
帰る前に検討してた物件の中に新築の一軒家があったんだからそう見えるのも仕方の無い事だ。そして夕飯は鯛の煮物。母は僕が子供の頃から何かあると鯛の煮物を振る舞った。
近くに商店街があり母はよくそこで買い物をした。その中にある魚屋は今でも生き残ってる。失礼、店が生き残っている、という言い方はあまりに現状に皮肉すぎたかもしれない。ただ、商店街の生鮮三品で今でも店を続けているのはこの魚屋しかない。それが数年前に少し離れた所に大型モールが出来た事と関係があるのかどうかはわからない。
「まさか鯛なんて思わなかったよ。」
「お母さんは、な、昼間っから大はしゃぎだったんだぞ。」
「あら、拓ちゃんが帰ってくるなんて、おめでたいじゃない。」
はにかむ二人を見て僕も嬉しく思う。
「魚三(ひいきの魚屋)で買ったの?」
「ええ、もちろん、あそこ以外はほとんど潰れちゃって、寂しいわ。」
「あれだ、あのスーパーが悪いんだ、」
「お父さん、モールよ、モール、」
「あのスーパーが客取っちゃったんだ。だから高梨さん所も林さん所も店畳んで子供の所に行ってしまったんだ。」
「ふーん。」
父は昔よくしたように箸の先で僕を突くようにしながら持論を主張する。
「あら、でも便利でいいじゃない。林さんは腰痛がひどくて息子さんトコへお世話になるっておっしゃってたわよ。」
「おまえ、そりゃ言い訳だ。本当は客取られて店やっていけなくなったんだ。そうに決まっとる。」
「鯛、美味しいな、やっぱり。」
「でしょぉー。お母さんね、今日は拓ちゃんの為に頑張ったんだから。たくさん食べてね。」
「ありがと。」
鯛は少し甘めに煮付けてあった。昔からの母の味付けだ。
僕のつい最近のお祝いは知り合いの女性の昇進祝いだった。それなりにいい関係だった女性で、「昇進出来たらお祝いしてね」と、向こうからせがまれていた。だからその女性に時間だけ告げておいて小奇麗な店のイタリアンを贈った。ビルの屋上に構えている店で綺麗な夜景が見える事で有名なイタリアンの店だ。彼女はその夜景とイタリア料理に満足を表し、僕が昇進とか何かお祝い事が決まったら今度は私がご馳走するね、と言い残して、二日後に自分の会社の上司と婚約した。
彼女に何かメールを打とうかとスマホを枕元に置きながらベッドに横になっている時にその事を伝えるメールを受け取った僕は、やはり感じた少し胸を締め付けられる思い、嫉妬なのか失望なのかはわからないが、そんな思いを感じながら社会人の恋愛とは学生時代の恋愛とは違うものだな、という感想を漏らした。
鯛の味は幼少時代の良い想い出と結び付いている。それに対して高級イタリアンの鶏肉の味は複雑な大人の体験と結び付いてしまった。やはり金では買えない味がある、という事だろうか。
なんて事を自虐的に思いながら一匹千円そこらの鯛を両親と楽しむ。
「で、一之瀬がなんだって。」
「そうそう、それがね。」
母が話してくれる。
「なんかね、変な宗教にのめりこんじゃってるらしいのよ。」
「ふーん。あいつが、ねぇ。」
今回の帰省の目的は二つ。
一つは何もかもが上手く進んでいる僕の姿を両親に見せる事。
就職してから仕事は順調そのものだった。いや、何も成功やいい事ばかりだったと言いたい訳じゃない。一般的な社会人が一般的に体験する程度に成功や失敗があったし、チャンスに恵まれたり危機を迎えたりしてきた。ただ、こうやってある程度の足場が出来た今振り返れば、給料は同年の人間よりは頭一つ飛び出ているし数年後には役職だと誰もが思っている。まさに順調そのもの、だ。
大学で中国文学を専攻した僕が商社で中国を主にする貿易事務の仕事に付いたのは、単に興味のある分野が重なったからだろうか、それともこの先のビジネスモデルに付いて先見の明があったからだろうか。(あるいは革命を起こそうと虎視眈々と狙っていて、その為の資金稼ぎとあわよくば同志を見つけられるかも、という野心からだろうか。)
僕は個人的には「運が良かった」と思っている。たまたま興味のあった分野がたまたま経済的に発展する要素を持っていて、会社がそれに合わせて成長していくのに合わせて僕自身の社会的地位も上がって行った。
僕の努力なり先見の明なりが優れていたと自慢するつもりは無かったし、ただ会社が成長してくれたお陰だ、と謙虚に徹するつもりも無かった。僕はそれなりに努力した。そして僕の選んだ環境もそれなりに成長した。だから僕は運が良かったのだ。
だから今回の帰省は経緯よりも結果を確認したい気分だった。とにかくどんな経緯であれ、僕は僕がこの家で暮らしていた頃に予想したり想像したり弄んだりした未来の自分像よりもはるかに成功している。そして、今の所その確認は確信に変わっていたし、過去の自分が今の僕に贈ってくれる美味しい鯛の煮付けに違いなかった。




