Game2 男子高校生連続飛降り事件(陸)
――3月30日――
僕と風吹が志木記念病院に着いたのは、朝ごはんを食べるには遅く、昼食に手をつけるには早すぎる午前10時ごろのことだった。
窓口で病室の場所を聞き、手ぶらじゃなんだからと売店で小さな花束を買って、301号室を目指す。
千円札を財布から出し花束だけを購入して売店を出た僕に、風吹は大変ご立腹の様子。
どうにも、おやつを買ってほしかったらしい。当然無視しておく。
エレベーターを上り、ナースセンターでもう一度病室の案内を受けた。目的の部屋の前で、コンコン、と病室をノックするとはい、と声が返ってくる。
「失礼します」
「あら?」
初めて病室に入った時、きれいな人だなと思った。
白髪交じりではあるものの、まっすぐ癖のない髪。
長いまつげにぷっくりとした唇。
痩せてしまってはいるものの、痘痕のないなめらかな肌。
あとから確認した患者の情報を示す札には、年齢は50代とあったが、正直30代でも全然通るだろう。
幸一は、お母さん似だったんだな、と僕は思った。
「あの、僕たちは幸一君のバイト先の友人で」
そう告げると、幸一の母、椿あかねは頬をほころばせ、それはまあ、と頭をさげた。
こういうときにまで嘘をつくのは心が痛むが……この際仕方がないと割り切る。
「あの、なんて言えばいいのかな。幸一君から預かったものがあるので、本日はそれをお渡しにあがりました。お疲れのところどうもすみません」
「いえいえ、とんでもない。近頃は体調がよくて、来月には一度家に帰れるんです。あらやだ。ごめんなさい、急にこんな話されたって、困っちゃうわよねえ。それで、幸一から預かったものって?」
笑顔をたたえたまま、あかねさんは首をかしげている。
いざ言い出すとなると、なかなか口に出しづらいものがあるなあと迷っていたら、風吹が早くしろ、と僕の脇腹を肘で突いた。
「あの、これ幸一君がお母さんにって。自分では渡し辛いから、僕たちに渡してくれないかって頼まれたんです。それとこの花束、手ぶらでは失礼かなと思って」
「渡し辛いから?」
「あ、いえ、僕たちもよく理由はわからないんだけれど、頼まれた以上はやっぱり渡さないとなと思いまして。急にすみません。それじゃあ、僕たちはこれで」
そう言って、僕は雨でくしゃくしゃに濡れてしまったレターケースをあかねさんに手渡した。
あのあと全身の痛みを堪え、ドライヤーで必死こいて乾かしたが……ナイロンフィルムに包まれていたとはいえ中の文字が潰れていなければいいのだけれど。
それにしてもまだ警察から連絡はいっていないのだろうか、あかねさんは幸一のことをまだ知らないようだった。
ひょっとしたら、身元確認に時間がかかっているのかもしれない。
それにしたって手紙を渡すよう頼まれたのは本当だが、これ以上は嘘の上塗りをしてしまうようで気が引けるので、早々に退散したい気持ちでいっぱいだった。
「ああ、ちょっと待って」
けれど、そう言われたらスゴスゴと逃げ帰ることもできず、気づけば僕たちは茶菓子とお茶をだされ、病床の脇に腰を落ち着けることとなっていた。
「ごめんなさいねえ、お急ぎじゃなかったかしら?」
「ああ、いえいえ大丈夫です、お気になさらず」
このあたり、僕も日本人なんだなあとしみじみ実感した。風吹は早くも茶菓子にせっつき、舌鼓を打っている。
「おばさん、このおやつすっごい美味しいよ!」
「あら、それはよかったわ。私も大好きなのよ。まだたくさんあるから、よかったら召し上がって」
ほんと!? と目を輝かせる風吹にうんざりしつつ、僕はあの、とあかねさんに話の続きを促した。
「ならよかったわ。呼び止めてしまったのは、あの子の、幸一のことを聞きたかったの。あの子昔っから愛想はいいんだけれど、友達が少なくてね。ほかの人の目から見た幸一をあまり見たことがなかったのよ。それで少し、あの子がどんな風に過ごしているのかって気になっちゃって」
……正直それは、非常に困る。
僕も、風吹も、当たり前だが幸一のバイト先などとは無関係だ。というか、どこでバイトしているのかも知らない。嘘をつくとロクなことにならないのは、昨夜の一件でよぅく思い知ったつもりだったが、やっぱり僕には学習能力が欠如しているのかも。
さて、どうやって切り抜けるかなあ。やっぱりうその上塗りしかないんだろうか?
「幸一君は強い子でしたよ、おばさん」
僕が得意の口八丁を言い出す前に、口を開いたのは風吹だった。
強いなんていうものだから、まさか昨日の夜のことを話すんじゃないだろうな、と僕は慌てて風吹の足を踏もうとする。
結局風吹は足もとに視線すら送らずに、僕の小指をピンポイントで踏みつけたのだが。
「幸一君は、すごく強かったです。嫌なことも痛いこともぐっとこらえて、顔や態度には出てるんですけど、それを口には出さないんです。目の前に難しいことや辛いことがあっても立ち向かっていって、弱音を吐かないんですよ。それに折れない。こうするって決めたらそれを貫く、格好いい男の子でした」
そう言った風吹の眼に、嘘はなかった。
眼鏡の奥、風吹の瞳はまっすぐに、確信を持ってあかねさんを見つめている。
その確信を持った視線に射抜かれて、あかねさんはほんの少し戸惑ったそぶりを見せた後、穏やかな顔で、――そう。とつぶやいた。
「そんな風に言ってくださる方が周りにできて、そんな息子を持つっていうのは母親としてすごくすごく幸せだわ。ありがとう」
「いえ、本当のことですから」
僕は風吹がこうしてまともに他人と会話していることに驚いた。
あかねさんは満足そうに頷いたあと、遠い目で病室の外を見る。
昨夜の豪雨が嘘のように晴れ渡る空。病室の窓から見える桜並木が、ポツポツと蕾を付けていた。
「ほんとはね、最近心配だったのよ。あの子、変なこと言い出すものだからねえ」
「変なこと、とは?」
「それがね、どこから話せばいいかしら。私、もうそんなに長くないのよ。来月一応は退院するんだけれど、もう癌がもう体中に転移しててね。今回の退院は、身の周りを整理しにいくみたいなものなの。あの子はまだそれを知らないはずだったんだけれど、ひょっとしたら私とお医者様が話していたのを聞いたのかもしれないわね。
でも、……先月の中頃だったかしら? あの子急に私の手を取って言い出したの。母さんは俺が助けてやる。助かる方法が見つかったから、俺が何とかしてやるから、だからそれまでがんばれって、俺も母さん助けるために、命賭けてがんばるから――って、そう言うの。
私、急にこの子は何を言い出してるんだろうって思ったけど、年とると嫌ね、なんだかすごくすごく嬉しくて、泣いちゃったわ。優しい子なのは知っていたけど、優しすぎるのよねえ、あの子。昔から我慢ばっかりして、よくいじめられてたわ。
怒っていい時もあるのよ、男の子なんだからやり返さなきゃいけないときもあるのよって私が言ったら、俺は殴られると痛い、だから俺が殴り返したら相手だって痛い。こんな痛い思いさせたくないって歯を食いしばるのよ。
私は、優しい子に育ってくれて嬉しいなあって思いながらも、ホラ、大人になるとなかなか優しいだけじゃあやっていけないでしょう? だから心配もしていたんだけれど、今はあなたたちみたいに強いって言ってくれる人がいて、安心だわ。
野球を始めさせたころかしら? 野球をするようになってから、あの子、すごく自信がついた顔をしてて嬉しかったわ。お母さん、今日の練習はこうだった、試合でストライクを7つも取った毎日私に聞かせるのよ。父さんが早くに亡くなっちゃったから、あの子は毎日さびしい思いをしてたんだろうねえ。あんまり笑ったりしない子だったけれど、野球を始めてからあの子は、よく笑う子になったわ。
試合も何度か見に行ったんだけれど、それはもう、生き生きしてて、私は野球をやってるあの子を見るのが大好きだったのよ。
……それがあんな事故にあってしまって。野球を出来なくなったあの子の落ち込みようは、今思い出しても見てられなかったわ。私もね、自分が病気になんてならずに、O県の学校に進学させられていたらって、泣いて謝ったのよ。
けれど、幸一は恨み事なんてなんにもいわずに、母さんがいたから大好きな野球をやってこれたんだから、謝らなくっていいっていうの。これからは母さんのために高校卒業したらがんばって働いて、恩返しをするよっていうもんだから、このときも私泣いちゃったのね。
それで、私も誓ったの。この子がもう一度野球をできるようにしてやろうって。あの子のひじね、日本のお医者さんでは無理だけど、アメリカの偉いお医者様ならなんとかできるかもしれないって話があったの。けれど、お恥ずかしい話、うちにはそんなにお金がなくてね。
でも、私はもう長くない。うちは生前、旦那が保険会社につとめていたから、私は運良く若いうちからがん保険に入っていたのよ。だから、私が死んでしまったら、そのお金は、あの子のひじの手術に使う手筈になってるの。
……ごめんなさい、年よりの話は長くって嫌ね。このあたりにしておくわ。お話をしてくださって、ありがとう、ええと……」
「私は、風吹といいます」
「僕は桜です。河原 桜《かわはら さくら》です」
風吹が正直に名乗ったことを受けて、僕も本名を正直に名乗った。根拠なんてないが、もし昨夜の事件が露見して事情聴取が行われたとしても、あかねさんから僕たちのアシがつくと思えなかったからだ。
「それじゃあ、ありがとう、風吹ちゃん、河原君。これからも幸一をよろしくね。あ、風吹ちゃん、よかったらこのお茶菓子、持って帰ってちょうだい。おばさんだけじゃ食べきれないわ」
風吹は、体型の割にふくよかな頬をにっこりと綻ばせて、あかねさんからお茶菓子を受け取った。
◆
「どう思う?」
蕾桜の並木道を歩きながら、僕は目線を風吹向けた。
こいつの身長は本来150センチちょいってところだが、20センチの化け物厚底を履いているせいで、並んで歩くと僕と目線の高さが変わらない。
「どうって、なによ?」
風吹はマッシュルームカットを上下に揺らしながら、僕に問い返す。
「いや、なんで幸一は、サトウや、コンドウや、イノウエ、ヨシノを殺したのかなあって。なんかあかねさんの話とちょっと食い違うなあって。
いや、そりゃ復讐なのはわかるんだけど、あかねさんの話の人物像じゃ、ちょっと今回の事件の幸一とちょっとイメージぶれるなって話」
「あいつの気持ちなんて、私が全部理解できるはずないじゃん。桜、頭弱いの?
ま、でも想像するくらいならできるよ? あいつは、相手の痛みを考えすぎて、やられてもやりかえせないような性格だったんでしょ?
でもあいつにはお母さんを助けるっていう何物にも代え難い願いがあった。
けれど、“ハコ”からルール説明受けてるときに気づいたんじゃないかなあ。そんな甘さじゃこの“ゲーム”には勝てないって。
だから復讐は自分の甘さを消すためだったんじゃないかなってあたしは思う。もちろん、ヤキューを自分から奪った4人への恨みだってあったんだろーけどね。
殺しあってる間、あいつ、あたしにビビってたのもあるけど、なんかずっと迷ってたのよ。小梅が言ってたでしょ、あいつの力は脳みそに直接命令だして、人の体を思い通りに動かすって。
だったら『死ね』なんて相手に死を選ばせるような言葉じゃなくて、『心臓止まれ』とか、そんなんできたんじゃないかなって思うんだけど、それをしなかったのは、そうゆうことじゃないかなー」
「――っ。お前、そこまでわかっててとどめさそうとしたのかよ?」
「なによ、とどめさしてないじゃん」
「それは、僕が止めたからだ」
◆
――あの夜。顎が砕けた椿幸一に、風吹はチェーン・ソーを振り上げていた。
僕は心の中でずっとずっとやめろと叫んでいたけれど、全身を締め上げる幸一の異能で、声どころか指一本動かすことができない。
風吹がアクセルを絞り、幸一の頭に叩きつけようかというそのとき、突然僕を戒めていた呪縛が解けた。
きっと、自身の負けを悟った幸一が、異能を解除したからだと思う。
「風吹、やめろおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおぉおおおおお――――――!!」
肺の空気をすべて押し出す勢いで絞り出した僕の声に、風吹は動きを止めた。
忌々しく僕を睨みつける風吹、大きな眼を丸くして驚く幸一。
僕は痛む体を引きずって立ち上がり、ゾンビめいた動きで二人に歩み寄る。
「風吹、殺すな。人殺して、願いを叶えたって、そんなことしたって後味悪いだけだ」
「桜、あんたいつからいたの?」
「ずっといたよ。ああ、もうそれはいいや。いいから風吹、その物騒な音を立ててるエンジンを切れ。
幸一、お前は早く病院行け。膝がだめなら、俺がおぶってやるから」
そういって手を差し出す僕に、幸一は驚いた表情を見せる。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「お前、強がってんじゃねえよ。いいからホラ」
無理やりつかみかかる手を、幸一は払う。そして、ポケットに手を突っ込むと、鉛筆書きで『母さんへ』と書かれたレターケースを取り出し、僕に渡した。
「お前これ、どういう……?」
顎が潰れていて、話すことができない幸一は、ヨロヨロとよろけて歩く。
土砂降りの中、屋上のベンチに腰を落ち着けた幸一は、もうこれ以上話すつもりはないと、そのまま俯いてしまった。
「桜、せっかく熱くなってたけど、冷めちゃった。行こう」
風吹が抗議しようとする僕の襟首をつかみ、ツカツカと歩きだす。フェンスの向こうにはおそらくヨシノの発砲音のせいだろうか、パトカーの赤色灯がこの北高に向けて走ってくるのが見えた。
ち、と短く舌打ちをした風吹は嫌だと泣き叫ぶ僕を背負い、フェンスの向こう側へと跳躍する。
おかげ様で、ひどい乗り物酔いに襲われたことはいうまでもない。
そして、警官への暴行と拳銃強奪の件を含め、北高からまた飛び降り自殺が2人の飛び降り自殺者がでたというニュースを聞いたのが、今朝のことだった。
◆
「なんにしても、桜は甘すぎるよ。そんな考え方じゃ“ゲーム”に勝てないのは当たり前だし、すぐ死ぬ。あんたの望みって死ぬことだっけ? 銃弾がほっぺた掠めただけでビビり倒してたのに?」
「別に死ぬのが望みってこたぁねえよ。ただ、後味悪いのが嫌なんだ。今回みたいに、さ」
雨の中で、幸一は張り付いたような笑顔を浮かべていたけれど、ほんとはあいつ、泣いてたんじゃねえかな、って、今になって思った。
ホントのところは今となってはわかんねえけどな。
Game2 男子高校生連続飛降り事件 了
ようやく1本目書き終えることができました。
小説を書くのは久々で、やっぱり難しいなあと思いつつも、楽しいものですね。
ところで、桜ノ雨は“ハコ”による“ゲーム”の時系列を意図的にシャッフルして執筆しています。
そのため、読者の方はこの設定どこから出てきたんじゃい、と戸惑われることもあるでしょう。
しかし“ゲーム”が終わるころには、すべての事件が出そろいます。
事件が一つ解決するごとに、半端に表示されていたピースがひとつひとつ埋まっていく。
そんな快感をどうぞお楽しみください。
それでは、皆様。
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