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桜ノ雨  作者: 雨後 穹
Game2 男子高校生連続飛降り事件
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Game2 男子高校生連続飛降り事件(壹)

 腰から肩、腕から肘、手首、指先。

 すべての部位を精密機械のように連結させ、神経を白球に込める。

 セットポジションからテイクバック。

 テイクバックからステップ。

 リリース、ストライク。


 歓声に沸くベンチ。

 肺を焦がすような夏の匂い。

 震えが来るくらい、透き通った雲ひとつない空。

 太陽、汗、土、マウンド。


 そこには俺の全てがあって。そのすべてをくれた人が、俺を見て、応援席でほほ笑んでいた。




Game2 男子高校生連続飛降り事件



――3月26日――




 窓ににじんだ雨粒が稲光に照らされて、明かり一つ点いていない廊下に影を落とした。


 普段は明暗雑多な内容のおしゃべりが溢れている教室も、仕事の愚痴を教員同士で吐き散らしている職員室も、男子がプロレスのマネごとに興じている階段脇のロビーも、恋する女子が大して悩んでもいないのにドラマチックな青春をまき散らしている屋上への階段も、今はだれ一人だっていやしない。




――コツン、コツン、コツン。




 一歩、一歩と踏み出すごとに、自分の足音が大きくなっていく気がする。


 はじめは、窓を叩きつける雨の音が。


 次は、風が、校舎を揺らす音が。


 腹の底を震わすような落雷が。




――バタ、バタ、バタ。




 誰もいない夜の廊下を走る。


 自分の足音が、無機質なモルタルの壁に反響する。




――ドン、ドン、ドン。




 非常口を示す看板が緑色に光ってる。


 狂ったように。狂ったように非常口を塞ぐ鉄の壁を叩いた。




――ガリ、ガリ、ガリ。




 鍵穴を指でほじくるように。穴の奥まで指を突きいれようとする。


 無理だ。自分の指の太さが、この小さな鍵穴に入るはずがない。


 稲光。


 夜を切り裂く光が、窓から差し込む。




「……なんで?」


 嵐の中の、夜の校舎。


 誰もいない校舎。


 歩く自分の足音。


 ドアをひっかく自分。


 ドアを叩きつける自分。


 指から血がしたたる。非常口の塗料が爪に詰まっている。


 十枚の爪のうち、半分ははがれおちていた。


 クリーム色の塗料と、真っ赤な血の赤。


 痛い。そりゃあ、痛い。


 でも違うんだ。でも違うんだよ。


 そんなことよりなによりも。




「なんでだよ……なんでなんだよ」




 教室のドアに手をかける。


 開かない。当然だ。でも窓、窓がある。


 窓を、素手で叩き割る。こぶしにガラスが刺さった。また血がでた気がする。


 でも違うんだ。それよりなにより。


 誰もいない教室から椅子を取り出して、入ってきた窓から廊下へと放り投げる。


 自分が入れるだけの穴が開いていた窓が、また割れた。


 割れたんだ。


 割れたはずなのに。


 割れているのに。


 一心不乱に廊下に出る。


 放り出された椅子をつかみ、非常口へと向かう。




 ――ガン! ガン! ガン!




 叩く、叩く、叩く。


 叩いてるんだ。おれは今、叩いてるのに。


「どうして! どうして!」


 非常口を示す看板が、緑色に光ってた。


 緑の人は扉に向かって、駆け込んでる。




「どうして、聞こえるのは……」




 校舎に入った時からそうだった。


 おかしいと思いだしたのは、今日の夕方からだった。


 雨が窓ガラスを叩く音も。


 夜を引き裂く雷音も。


 歩く自分の足音も。


 走る自分の足音も。


 ドアを叩きつける音も。


 なんにも聞こえやしない。




 いや。何も聞こえてないわけじゃない。


 正確には、聞こえてる。


 夕方から、ずっと、ずっと、ずっと。


 うわごとのように、耳元で、はっきりと、同じ声が、同じ内容を。






 ――――死ななきゃ。






 ――――死ななきゃ。


 ――――死ななきゃ死ななきゃ。




「うあ、うああああ……」


 椅子を非常口に叩きつける手が止まる。


 たまらず耳を両手でふさぐ。


 なのに、なのに、なのに、止まらない!


 ――――死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ。


 死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ


 死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ。


 死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死




 そして、不意に。


 音が止んだ。


 雨が、窓を叩く音が聞こえて、


 風が鳴る。


 心を押しつぶすような絶望感が、潮のように引いていく。


 助かった? ひょっとして、助かった?


 腹の底から湧いてきた現実感に、おれは手に持っていた椅子を取り落とした。


 さんざん叩きつけられた椅子のパイプが歪な形に曲がってしまっている。

 不意に手が痛んだ。


 拳に突き刺さったガラス。


 めくれた爪からはみ出す肉。




 痛い。痛い。痛い。


 あまりの痛みに涙が零れた。


 零れはじめた涙が、際限なく溢れる泉のように止まらない。


 ――――痛い、助かった、痛い、死ななかった、痛い、早く家に帰ろう、痛い、怖かった、痛い、今めちゃくちゃ母さんに会いたい、痛い、帰ろう、家に帰ろうーー


がむしゃらに椅子を持って暴れていたうちにぶつけたのか、脚がひどく痛んだ。


 それでも構わない。


 助かったから、生きているからこの痛みだって感じるんだ。


 そして、俺はゆっくりと脚を引きづりながら、









『なあ、死ねよ』




耳元にかかる吐息を感じた。








「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 叫んだ。叫んだ。聞こえない。


 いや、聞こえる。


 さながら大合唱。


 さながら大喝采。


 ――――死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!




 雨粒のように始まった死ねという言葉は、瞬く間に嵐に変わる。耳を突き抜け、頭のなかまで直接響く。


 そして俺は、耳をふさいだまま、非常口の脇の窓から飛び出したんだ。


 ところで、どうして俺が非常口をずっと叩いていたかって?


 そりゃあ緑の人が一目散に“助かる扉”へ逃げ込んでたからだよ――――。







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