取り敢えず勇者(仮)VS犬
魔王討伐という名目の旅の途中、俺は王からの伝令によって急遽王都に呼び戻された。
取り急ぎ転移魔法で王都に戻り、王城の門兵に登城の目的を告げる。
ほどなく大臣自らが出迎えてくれて謁見の間に通された。
「国王陛下、おなりー」
侍従の張り上げた声を合図に玉座の正面で片膝をついて頭を下げた。
「面を上げよ」
大臣の言葉を合図に顔を上げて玉座を見上げる。
玉座に座った王の隣に派手で趣味の悪いドレスを着た女が濃い化粧を施した顔をグシャグシャにして泣いていた。何番目かは知らないが、たしか王の妃の一人だ。
王が侍従に目配せすると豪奢な装飾が施された箱が目の前に置かれた。
中身は真っ白な毛皮……いや狸……の死体か?
「ハッピーちゃーーーん」
妃がガラガラ声で箱に呼びかけている。
ハッピーちゃん?この狸のことか?
「その犬、貴様の蘇生魔法なら生き返らせることができるであろう」
王が唐突に口を開いた。
(コイツは「遠路ご苦労であった」とか「旅の途中に申し訳ない」とか言えないものだろうか?)と内心毒づきながら箱の中身をマジマジと見た。
犬?この楕円形に手足が生えた毛皮が犬にはどうしても見えない。
太り過ぎだろうか?肥満か?外傷は見当たらないし、多分自然死だろう。魔法で蘇生させても、またすぐに死んでしまう可能性大だ。
「お言葉ですが」と口に出そうとしたが、大臣の視線に制されて言葉にしなかった。
「できるのか?できないのか?」
王が苛立った声を発すると謁見の間の兵士たちが一斉に槍の穂先をこちらに向けた。
「やってみます」
そう言って体内の魔力を掌に集めて狸……ハッピーちゃんに向けた。
場は緊張に包まれていた。緊張しているのは主に、蘇生に失敗したときに俺を取り押さえねばならない兵士たちだろう。
正直今の実力なら、ここにいる20人ほどの兵士たちにかかってこられても秒で返り討ちにできる。
お尋ね者になるのは色々と面倒そうなので、そうならないように願ってはいるが。
その場にいる誰もが掌の先にいるハッピーちゃんを注視し、願っていた。
王は妃のために。
兵士は自らの命のために。
大臣は出世のために。
俺は面倒事回避のために。
「ハッピー、戻って来い」と。
魔力を当て続けたハッピーちゃんの楕円から僅かに伸びた前脚がピクンと動いた。ゆっくりと目を開いたハッピーちゃんがヒョコッと立ち上がる。
「ハッピーちゃーーーん」
妃がガラガラ声でハッピーちゃんを呼んだ次の瞬間、場が歓喜の声に包まれた。
王が右手を軽く上げると兵士たちが一斉に槍の穂先を収めた。
ハッピーちゃんは入れられていた箱の中から転がり出ると謁見の間の中を短い脚でテクテクと歩き始めた。
しかし蘇生してから「ハッピーちゃーーーん」を連呼する妃の方へは一度も振り返っていない。妃の愛犬ではないのだろうか?
「勇者よ、下がって良いぞ」
王がぶっきらぼうに言った。
(はぁ?「ありがとう」くらい言えないのか?)
玉座に向かって特大の火球を投げ付けたい衝動を抑え、黙って頭を深く下げた。
「寄り道などせず、魔王討伐に邁進するようにな」
(毎回、くだらない用で寄り道させているのはお前じゃ)
再び湧いてくる殺意を必死で押し留める。
「はっ」と返事をし、その場を立ち去ろうとしたとき、生温かいものを感じ足元を見た。
ハッピーちゃんが俺の足にマーキングしていた。
(このヤロー!ふたたび生き返らぬようはらわたを喰らいつくしてやろうか)
あらん限りの殺気を向けるが、ハッピーちゃんは全く動じず、最後の一絞りを出し終わるまで短い脚を上げ続けた。
踵を返し、ピチャピチャ鳴る靴を引きずりながら出口へと向かう。
出口の側に見覚えのないメイドさんが数人立っていたので、すれ違いざまに耳打ちした。
「バランスの良い食事と適度な運動をさせないと、またすぐに死にますよ」
一番そばに立っていたメイドさんがビクッと体を揺らした後、よく見ていないと気付けないほどに小さく頷いた。
去り際に玉座の方を見ると、妃に抱えられたハッピーちゃんが短い脚を全力で踏ん張って妃に抱き締められるのを全力で拒否していた。
門をくぐり外へ出ると王城の謁見の間がある辺りを睨みつける。
「魔王討伐に邁進しろ?言われなくても1日も早く力をつけて魔王を倒して見せるさ」
王城に背を向けた。
「王国軍を一人で一蹴した魔王を倒せれば、俺も王国軍より強いってことだからな」
門兵に聞こえないように呟くと魔法を唱えて最前線の街へと転移した。
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