婚約破棄された公爵令嬢はすべてを失ったふりをする~裏で糸を引いていたのは私ですので、今さら泣きつかれても遅いのですが?~
「エリザベート・フォン・クラウディア。貴様との婚約を、ここに破棄する!」
王城の大広間に、王太子アレクシスの声が高らかに響いた。
ざわめきが一斉に広がる中、私は静かに目を伏せる。
――ついに、この時が来たのね。
「理由は明白だ。貴様は聖女リリアナを執拗にいじめ、命すら危険に晒した!」
非難の視線が突き刺さる。
だが、私はただ穏やかに微笑んだ。
「……証拠は?」
一瞬、空気が凍りつく。
「な、なんだと……?」
「私がそのようなことをしたという証拠です。お持ちなのでしょう?」
アレクシスの隣で、リリアナが震える声で口を開く。
「わ、私……何度も階段から突き落とされそうになって……」
「それを見た者は?」
「そ、それは……」
「いないのですね」
私は一歩、前に出る。
「では、証言のみで断罪なさると?」
「き、貴様!聖女の言葉を疑うのか!」
「ええ、疑いますわ」
その言葉に、場が騒然とする。
だが、私は止まらない。
「そもそも、私は彼女とほとんど接点がありませんもの」
「嘘よ!」
リリアナが叫ぶ。
「あなたはいつも私を睨んで……!」
「それは貴女が私の婚約者に必要以上に近づくからでは?」
静寂。
次の瞬間、アレクシスが怒号を上げた。
「もうよい!これ以上の言い訳は聞き飽きた!」
――ええ、そうでしょうね。
私はゆっくりと頭を下げた。
「承知いたしました。婚約破棄、謹んでお受けいたします」
「……なに?」
「ただし――」
顔を上げ、まっすぐに彼を見据える。
「その決断、後悔なさらぬよう」
冷たい声だった。
その言葉に、アレクシスの顔がわずかに歪む。
「脅しか?」
「まさか。ただの忠告ですわ」
私はくるりと踵を返す。
もう、ここに未練などない。
――だって。
すべて、計画通りなのだから。
◆
公爵家に戻った私は、執事のルーカスに声をかける。
「準備は?」
「すでに整っております、お嬢様」
彼は深く一礼した。
「王都の商会、貴族家、すべて“こちら側”です」
「ご苦労様」
私は窓の外を見た。
王城が遠くに見える。
「これで、ようやく始められるわね」
◆
数日後。
王都は混乱に包まれていた。
「クラウディア家が取引停止だと!?」 「ありえない、あの家が止まれば……!」
そう。
我がクラウディア公爵家は、この国の経済の中枢を握っている。
その我が家が――
すべての商取引を止めた。
さらに。
「税収が激減!?どういうことだ!」 「地方領主たちが納税を拒否しています!」
当然だ。
彼らの多くは、我が家の支援を受けているのだから。
◆
王城では、アレクシスが激昂していた。
「なぜだ!なぜこうなる!」
「殿下……クラウディア公爵家を敵に回した影響かと……」
「たかが一貴族が!」
「……その“たかが”が、この国の半分を支えております」
沈黙。
そして、彼はようやく気づく。
「まさか……あの女……」
◆
その頃、私は隣国の使節と対面していた。
「お待ちしておりました、エリザベート様」
優雅に微笑む青年。
隣国の第二王子、レオン。
「あなたが提示した条件、すべて飲みましょう」
「ありがとうございます」
「ただし」
彼は私の手を取った。
「あなた自身も、こちらへ来ていただきたい」
「……亡命、ですか?」
「いいえ」
彼は笑う。
「“迎え入れる”のです。あなたを」
私は少しだけ考え――
頷いた。
「いいでしょう」
どうせ、この国にはもう用はない。
「では、契約成立ですね」
その瞬間。
私の復讐は、次の段階へと進んだ。
◆
数週間後。
王国は、崩壊の危機に瀕していた。
物資は不足し、税収は落ち込み、貴族たちは離反。
すべては――
たった一人の令嬢を追い出した結果。
「エリザベート……戻ってきてくれ……!」
だが、その願いが届くことはない。
私はすでに――
敵となったのだから。
ーーーー
「エリザベートを呼び戻せ!今すぐだ!」
アレクシスの怒声が、王城に響き渡る。
だが、返ってきたのは冷たい報告だった。
「……すでに隣国へ渡ったとのことです」
「なに……?」
「しかも、同盟締結の交渉役として」
その瞬間、彼の顔から血の気が引いた。
◆
一方その頃。
私は隣国の王宮で、正式に迎え入れられていた。
「本日より、エリザベート様は我が国の客人にして――」
レオンが言葉を区切る。
「最重要人物です」
ざわめきが広がる。
当然だろう。
敵国の元公爵令嬢が、ここまでの待遇を受けるなど。
「あなたの情報と影響力は、それほど価値がある」
彼は小声で言う。
「そして……あなた自身も」
「お世辞は結構ですわ」
「本心ですよ」
私は小さく笑った。
――悪くない。
◆
やがて。
王国との戦争が始まった。
といっても、実際には戦うまでもなかった。
「補給線が壊滅!?」 「兵士たちが動けません!」
当然だ。
その補給網を構築していたのは――私なのだから。
「エリザベート……なぜだ……!」
絶望するアレクシス。
だが、私はただ告げる。
「なぜ、ですって?」
通信越しに、彼を見下ろす。
「あなたが私を捨てたからですわ」
◆
そして、最後の舞台。
和平交渉の席。
だが、それは名ばかりのものだった。
「条件は三つです」
私は静かに言う。
「第一に、王太子アレクシスの廃嫡」
「なっ……!」
「第二に、聖女リリアナの偽証罪による処罰」
リリアナが青ざめる。
「そ、そんな……!」
「第三に」
私は微笑む。
「クラウディア家への全面謝罪と、特権の永久保証」
沈黙。
やがて、王が重く口を開いた。
「……受け入れよう」
◆
すべてが終わった。
アレクシスは王太子の座を追われ、地方へ追放。
リリアナは偽証が暴かれ、すべてを失った。
そして私は。
「これで満足ですか?」
レオンが隣で問いかける。
「ええ」
私は静かに頷いた。
「すべて、取り戻しましたもの」
「それ以上も、でしょう?」
彼は私の手を取る。
「この国で、新しい人生を」
私は少しだけ考えて――
微笑んだ。
「……悪くありませんわね」
◆
数年後。
私は隣国の王妃となっていた。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれた女は、
今や国を支える存在となる。
そして、遠い地では。
「エリザベート……」
すべてを失った男が、名を呟いていた。
だが。
もう、その声が届くことはない。
「今さら後悔しても――遅いのですわ」
私はそう呟き、微笑んだ。
――これが、私の選んだ結末。
完璧な復讐と、福音が告げる新しい物語である。




