第92話 まさかの展開? 兄のキス
私は誤魔化すように微笑んだ。
「うん。うまくいってるよ。流斗さんは優しいし、格好いいし……最高の彼氏だよ」
けれど、兄の目を正面から見ることはできなかった。
「唯、俺は――」
低く、決意を帯びた声。
兄がすっと身を乗り出した、その瞬間。
ぐらりと視界が揺れる。
息を呑んだそのとき、兄の体が私の上に覆いかぶさってきた。
え……これって、押し倒されてる?
理解した途端、胸の鼓動が暴れるように跳ね上がる。
「っ……お、おにい……ちゃん?」
至近距離の顔。吐息がふわりとかかる。
驚いたように目を見開いたあと、兄の瞳がふっと熱を帯びて揺れた。
何も言えないまま、その瞳を見つめ返す。
どうしていいのか、わからない。
でも、目を逸らすこともできなかった。
鼓動が速まる。
……これはヤバいかもしれない。
このままじゃ、また変身しそう。
私は、必死に気持ちを落ち着けようとした。
しかし。
「唯が、他の奴の前で幸せそうに笑うのを、見たくない。
たとえそれが流斗でも……俺は、おまえが――」
苦しげに吐き出された言葉とともに、兄がゆっくりと顔を近づけてくる。
息が触れるほどの距離。
胸が締めつけられ、息が止まりそう。
次いで、私の唇に、兄の唇がそっと重なる。
温かくて、震えるほど優しい。
甘い吐息がまじり、柔らかな感触がすべてを奪っていく。
ほんの短い時間なのに、世界が止まったみたいに思えた。
心臓が暴れるように打ち、頭が真っ白になる。
ただ兄の温もりだけが、鮮やかに残る。
――けれど。
兄ははっと我に返ったように唇を離し、慌てて立ち上がった。
手で口元を押さえ、顔を真っ赤にして。
「……っ、ごめん」
小さくそうつぶやき、兄は逃げるようにリビングを出て行ってしまった。
取り残された私は、ただ茫然と天井を見つめる。
ぼうっとする思考が徐々に戻ってきた。
ゆっくりと体を起こし、自分の唇にそっと手を当てる。
え? いま私、キスされた?
なんで。どうしていきなり。
頭がぐるぐるする。
うれしい気持ちもあった。けど、なんで? って疑問が止まらない。
だって、お兄ちゃんは私のこと、妹としか見てないはずだよね?
それに……加奈さんっていう恋人がいるのに。
いったい、どういう意味でキスしたの!?
がばっと頭を抱える。
「わ、わからない……」
そう呟き、近くにあったクッションを抱き寄せ、勢いよく顔を埋めた。
次の日から、兄はますます私を避けるようになった。
目も合わせてくれない。
話しかけても、適当な返事だけして、すぐにどこかへ行ってしまう。
兄の気持ちがさっぱりわからない。
話したかった。
あのキスの意味を知りたかった。
でも、兄は何も言ってくれない。
どうしていいかわからなくなって、私は蘭に泣きついた。
すると蘭は、少し呆れたように笑って、優しく頷いてくれる。
そしてその夜、私はまた蘭の家に泊まりに行くことになった。




