第86話 探していたのは
体育祭のフィナーレを飾るのは、生徒主催のダンス大会。
疲れた心と体を癒すため、自由参加で行われるイベントだ。
グラウンドではカラフルな装飾とライトが輝き、スピーカーからは軽快な音楽が流れている。
輪の中心では、生徒たちが思い思いにステップを踏み、楽しげな笑い声が響いていた。
今の私は“優”の姿。
だから誘えるのは女性だけ。
そんな中、私は蘭とペアを組んで踊っていた。
……というか、誘われたから断れなかっただけなんだけど。
蘭の楽しそうな顔を見ていると、どこか羨ましく感じてしまう。
私も、好きな人と一緒にいるときって、こんな顔してるのかな?
その“好きな人”って……誰?
またモヤモヤした思考が湧いてきて、そっと頭を振った。
「優くん、大丈夫? また気分悪くなった?」
蘭が心配そうに覗き込んでくる。
「あ……うん。少し気分がすぐれないかも。ちょっと休んでくるね」
そう言うと、彼女はわずかに表情を曇らせた。
「そっか。しょうがないね……せっかく一緒に踊れると思ったのにな」
ぽつりとつぶやいた声に、胸が少しだけ痛む。
笑ってごまかしながら、そっと視線を逸らした。
「ごめん……」
賑やかな輪からそっと離れ、音楽も笑い声も遠ざかっていく。
当てもなく歩き出した――いや、本当は“誰か”を探していた。
きっと、それは――。
視界の隅に、兄の姿が映る。
トクン、と胸が鳴った。
どこか陰のある背中。
そのまま校舎の中へと歩いていく。
見つけた……やっぱり探してた。
そのまま、兄に吸い寄せられるように動き出す。
「優くん?」
背後から声がして振り返ると、そこには流斗さんがいた。
少し悲しそうな瞳で、私をじっと見つめている。
どうして、そんな顔をするの?
「どこへ行くんですか?」
その声は、いつもより少し低かった。
「え……っと……」
言葉が詰まる。
兄のところに行くなんて、言えるわけがない。
「咲夜……ですか?」
その名前が出た瞬間、顔を上げる。
流斗さんと目が合った。
揺れてる。
彼の戸惑いや迷いが、そのまま瞳に映っていた。
「別に、僕に遠慮しなくていいですよ」
流斗さんが、ふっと力なく笑う。
「え、遠慮なんて……。ただちょっと、咲夜が元気ないみたいだったから……」
これは半分だけ本当。
勝負に負けた兄が元気をなくしているように見えて、その姿が気になった。
流斗さんはほんの一瞬視線を伏せ、それから複雑な表情でそっと微笑む。
「ええ、わかっています。優しいですからね、唯さんも、優くんも……咲夜も」
そう言いながら、眉を寄せて苦しそうに笑った。
「……ほんと、困ります」
少し沈黙が落ちる。
「行ってあげてください。咲夜なら校舎の中にいます」
「流斗、さん?」
その表情が気になり、私は彼を見つめ返す。
けれど、流斗さんは私から逃げるように背を向け、足早に歩き出した。
遠ざかる背中に、何も言えず立ち尽くす。
だって――
いったい、どんな言葉をかければいいのか、わからなかった。




