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義兄に恋してたら、男になっちゃった!? こじ恋はじめます  作者: 桜 こころ
運命の体育祭

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第84話 優のまま、揺れる乙女心

 私はあたりを見回しながらつぶやいた。


「たしか、このあたりだったよね」


 三年生男子二百メートルのスタート地点は、この先のはずだ。


 周囲には三年生の男子たちが集まり始め、腕を回したりストレッチをしたりと、軽く体をほぐしている姿が目に入る。


 私は人ごみをすり抜けながら、兄と流斗さんを探した。

 応援の生徒たちでごった返す中、ちらちらと視線を動かしていると――


「あ、流斗さん」


 隣にいた蘭がつぶやいた。


 その視線を追うと、流斗さんがこちらへ駆け寄ってくる。

 やがて目の前で立ち止まると、私に向かって微笑んだ。


「やあ、来てくれたんだね。……優くん、僕のこと応援してね」


 目が合った瞬間、彼の瞳に強い光が宿った。


 ドキッとする。

 いや、なんだろう、この胸騒ぎ。


 やっぱり、今日の流斗さんはどこか違う。


 ……いや、まって。

 こ、これって。もしかして私、釘を刺されてる?

 お兄ちゃんより、ちゃんと“彼氏である自分”を応援して、ってこと?


 いや、そうだよね。

 だって彼氏なんだし、当たり前だよ。


「はい、もちろんです。頑張ってくださいね」


 私はにっこりと笑って返した、まさにそのとき――


「咲夜くーん」


 耳に甘い声が届いた。

 ふわっといい匂いがして、加奈さんが横をすり抜けていく。


 その先には、お兄ちゃん。

 彼女が声をかけると、兄は顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。


 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 うぅ……痛い。それでも目が離せない。


 ――その瞬間、兄と目が合った。


 心臓が跳ね、慌てて視線をそらす。

 けれど、二人は真っ直ぐこちらへ向かってくる。


 そのまま加奈さんと兄が、私の前で足を止めた。


「よお、優。おまえも来てたのか」


 その声には、微かに緊張が混じっていた。


 そうだ。

 兄は、私が“優”になっていることを知らないんだ。

 今、初めて気づいたみたい。


 私は加奈さんに勘づかれないよう、そっと自然な笑顔を作る。


「うん、なんとなく気になって。体調もよくなったし、見にきたんだ。

 あ、唯は……途中で気分が悪くなって、帰ったみたい」


 自分のことを、あくまでさりげなく伝えた。

 たぶん、これで察しがつくはず。


 けれど兄は驚いた様子を見せなかった。

 ただ、ほんの一瞬、目を細めた。


「そうか……。わかった。ま、楽しんでいけよ」


 それだけ言って、背を向ける。


 一瞬、流斗さんと視線を交わしていたように見えたけど……気のせいかな?


 加奈さんは可愛く微笑み、私たちにぺこりと頭を下げた。

 そのまま兄のあとを追い、迷いなく腕を絡めて歩き出す。


 仲睦まじい背中が、胸に突き刺さる。

 見ているのが辛くなって、私はそっと顔を伏せた。


「優くん、じゃあ行ってきます。応援よろしくね」


 ふいに流斗さんが、やわらかな声で呼びかけてきた。

 軽くウインクまで添えて――


 きっと、励まそうとしてくれているんだ。

 やっぱり、優しいな……。


「はい。頑張ってください」


 私が微笑むと、流斗さんもほっとしたように口元を緩めた。


「じゃあ」


 背を向け、歩き出すその背中を見送りながら、私はそっと手を振る。

 あたたかな優しさが胸の中に広がっていくのを、静かに噛みしめていた。


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