第81話 嘘つきな私と、まっすぐな君
「え!? 優くん?」
私の姿を見た瞬間、蘭の目がぱっと見開かれる。
そのまま勢いよく近づいてきて、上から下までまじまじと見つめられた。
「え、どうして? 今日お休みだったんじゃ……」
「あー、優くんは先ほど来られたんですよ」
流斗さんが、あくまで自然な調子で言った。
「朝は体調がすぐれなかったらしいんですが、お昼頃には回復して、体育祭をちょっとだけ見に来たみたいです」
しれっと嘘をつく流斗さん、さすがだ……。
「はぁ、そうなんだ……。でもよかった。
なら、一緒に体育祭楽しみましょう!」
嬉しそうに笑う蘭の顔がまぶしくて、胸がちくりと痛む。
嘘をついてばかりの自分が、彼女の想いを踏みにじっているような気がして。
その喜びに応えるように、私は無理やり笑顔を作って頷いた。
「うん……羽鳥さん、ありがとう。よろしくね」
そう言うと、蘭はふわっと頬を染める。
「そんな。あ、ところで唯は?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら、蘭が尋ねる。
「流斗さん、唯のこと見に行ってくれたんですよね? 大丈夫なんですか?」
ぐいっと流斗さんに詰め寄る蘭の顔は真剣そのものだった。
その必死さに胸が熱くなる。こんなにも心配してくれているなんて……。
「ええ、大丈夫ですよ。あの悪女からは無事救出できましたし……」
え、悪女?
思わず、流斗さんを見つめる。
それってまさか、加奈さんのこと?
「ただ、唯さん……少し体調を崩されてしまって。大事を取って帰宅されたんです」
「ええ!? 唯、大丈夫なの? あの女に何かされたんじゃ!」
蘭が流斗さんにしがみつき、体を思いきり揺さぶる。
流斗さんはよろけながらも苦笑を浮かべ、やんわり蘭の肩を押し返した。
「だ、大丈夫ですから。安心してください。唯さん、羽鳥さんに感謝しておられましたよ」
「そっか……」
蘭はほっとしたように笑ったけれど、その目にはまだ心配の色が残っている。
しばらく何かを考えていた彼女が、ふと私の方を見た。
「ねえ、優くん」
「な、なに?」
蘭がじわじわと距離を詰めてくる。
「いろいろお話したいな。
唯と一緒にいたんだけど、彼女も帰っちゃったみたいだし……私、一人で寂しくて。
だから、一緒に体育祭、見学しましょ?」
そう言って、少し照れたように笑うその顔が、たまらなく可愛い。
「え……うん、いいよ」
自然に頷いていた。
いつも迷惑ばかりかけている蘭に、少しでも楽しい時間を過ごしてもらえたら――そんな気持ちだった。
流斗さんへ視線を向ける。
彼は軽く肩をすくめ、あきれたような笑みを浮かべてから静かに頷く。
「そうですね、僕はこれからまた競技に出なければなりません。
優くんのことよろしくお願いしますね、羽鳥さん。あまり優くんを困らせないように」
最後の言葉に、微妙な棘を感じる。
蘭も同じように思ったのか、少し眉をひそめて流斗さんを見つめた。
でも、たぶんあれは――流斗さんなりの気遣いだ。
そうだ、気を引き締めないと。
ずっと彼が傍で守ってくれるわけじゃない。
蘭の前で余計なボロを出さないようにしなくちゃ、と気合を入れる。
「もう、変な流斗さん。私が優くんを困らせるとでも思ってるの?」
蘭は怒ったように頬を膨らませたが、すぐに明るく笑った。
「さ、咲夜さんと流斗さんのこと応援しなくちゃね!
あ、あっちのほうが見やすいわ。行きましょう、優くん!」
そう言うと、私の手を引いて駆け出した。
そっと横顔を覗くと、瞳がきらきらと輝いている。
こんなにはしゃぐ彼女は久方ぶりだ。
頬を染めて、楽しそうに笑うその顔は、まさに乙女の表情。
彼女が喜んでくれるのは、うれしい。
けれど……この状況を、私はうまく切り抜けられるだろうか。
不安を押し隠しながら振り返ると、流斗さんは優しい目を向けながら手を振っていた。




