第78話 痛みの果て
――無意識だった。
気づいたときには、手が頬を叩いていた。
掌に、じんと熱い痛みが広がる。
我に返り、口を開いた。
「ご、ごめんなさい……!
でも、人の家族のことをとやかく言うのは、どうかと思います。
ましてや、真実かどうかもわからない噂を。
本当でも嘘でも、それを安易に広め笑うなんて……私は許せません」
まっすぐ加奈さんを見つめる。
彼女は頬を押さえたまま、信じられないといった表情で私を睨みつけた。
その目に、怒りの炎が宿る。
次の瞬間――
パンッ!!
さっきよりも大きな音が、空気を鋭く裂いた。
加奈さんの手が、私の頬をはじく。
熱と痺れが同時に広がり、頬がじんじんと燃えるように熱を持った。
「何よ、あんた! いい子ぶって……ほんっとむかつく!」
怒鳴りながら、加奈さんが私に掴みかかろうとした――そのとき。
「その辺にしておきましょう」
鋭く落ち着いた声が、場の空気を一変させた。
この声は……。
顔を上げると、そこには流斗さんがいた。
伸ばされた加奈さんの腕を、彼が静かに、しかし力強く掴んでいる。
普段は穏やかな笑顔を浮かべる彼が、今は険しい表情で加奈さんを睨みつけていた。
その瞳には、抑えきれない怒りの色がにじんでいる。
「可愛い女の子同士の喧嘩なんて、見るに耐えませんよ」
そう言って微笑んだものの、その笑みの奥には怒りの熱がまだはっきりと残っていた。
「……っ、なによ。もしかして、仕組んだの?」
加奈さんが私を見て、悔しそうに唇を噛む。
へ? 何それ……いったい彼女は何を言ってるの?
私は目をぱちぱちと瞬かせるしかなかった。
すると彼女は、ふんっと顔を背ける。
「わかったわよ。もういい!
でも、このこと咲夜くんに言ったら許さないから。
一生恨んでやる……つきまとってやるんだから!」
捨て台詞を残し、加奈さんは踵を返して駆け出した。
その背中は、見る間に遠ざかっていく。
ほっとすると同時に、体から力が抜ける。
足に力が入らず、その場に立ち尽くした。




