第7話 甘い罠
帰り道の途中に、小さな公園がある。
いつも立ち寄るわけではないけれど、その日はたまたま兄が「寄っていこうぜ」と言い出したので、私たちはそのまま公園へ向かった。
近づくと、なにやら賑やかな気配がする。
視線を向けると、軽く人だかりができていた。
その中心には、白いキッチンカー。
クレープ屋だった。
こんなところに出店とは珍しい。
ふと甘い香りが鼻をくすぐる。
キッチンカーのそばに貼られたカラフルなメニュー表には、「いちごチョコ」「バナナカスタード」などの魅力的な名前が並んでいる。
「へえ、珍しいな」
兄の声にうなずきながら、私たちは自然とクレープ屋の方へ吸い寄せられていった。
「そこのお嬢さん、可愛いね。どうだい? クレープでも」
店員のお兄さんが、にこやかに声をかけてきた。
“可愛い”なんて言われて、私は思わず反応してしまう。
さっき兄に「可愛くねえな」って言われたばかりだったから、余計に心に響いたのだ。
私は店の前で足を止める。
「クレープ、食べたい……」
ぽつりとつぶやくと、すかさず兄が反応した。
「じゃ、俺が奢ってやるよ。一個貸しな」
勝手に貸しを作らないでほしいんだけど……まあ、ここは甘えるしかない。
だって私、今日はお金持ってないし。
結局、兄のおごりでクレープを手に入れることができた。
貸しを作られたのは悔しいけど、まあいいか。
「はい、どうぞ。お嬢さん可愛いから、これおまけ」
店員はそう言いながら、大きなイチゴをクレープの真ん中にドンっと乗せてくれた。
そのイチゴは、とても大きくて艶やかで、美味しそうだった。どこか、妙に目を引く存在感がある。
「わあ、ありがとう!」
私は嬉しくて、店員に笑顔を返す。
店員もニコッと微笑み返してくれた。なのに、なぜだろう。
胸の奥がざわついた。
なんとも言えない、薄くまとわりつくような違和感。
ただの営業スマイル。そう思えば、気にするほどのことじゃないのかもしれない。
私はその違和感を、気のせいだと無理やり押し込めた。
まさか、この出来事が――あんな事態を呼ぶことになるなんて。
夢にも思わないじゃない……。
すぐ近くのベンチに腰掛け、三人でクレープを頬張る。
美味しい!
クリームとフルーツの絶妙なハーモニー。
口いっぱいの幸せに、思わず頬が緩む。
夢中で食べ進め、最後の締めがやってくる。
私は残しておいた、おまけの大きなイチゴにかぶりついた。
「でけえ口……」
呆れ顔の兄が、ぼそっとツッコミを入れてくる。
また余計な一言を!
じろっと兄を睨みつけた。
ごくんとイチゴを飲み込んだ、その瞬間だった。
ビリリ――ッと体に電流が走る。
「えっ!」
私は驚きの声をあげた。
「どうした?」
「大丈夫ですか?」
兄と流斗さんが、心配そうに私を見つめる。
でも、電流の感覚はほんの一瞬。
その後は何事もなく、体に変わった様子はなかった。
一体、何だったんだろう……。
呆然とする私を、二人はどこか探るような視線で見つめてくる。
心配かけたくなくて、小さく笑ってごまかした。
「だ、大丈夫。なんか、一瞬ビリッとした気がしただけ」
「クレープに変なもんでも入ってたんじゃねえか?」
兄がいつものように冗談めかして笑う。
「やめてよ、変なこと言わないで!」
「冗談だって。そんなことあるわけねーだろ」
ククッと軽く笑いながら、兄は何でもないようにクレープを頬張った。
ほんとにもう。いっつもこれだ。
こっちは真剣なのに、兄は平然としてて。
ちらりと横を見ると、いつも通りの兄がいて。
そんな変わらない姿にほっとした。
何が起きても大丈夫って思えるから不思議。
――そのあとは特に変わったこともなく。
クレープを食べ終えた私たちは、公園を後にした。
家に帰った私は、いつも通りに夕飯を食べ、お風呂に入った。
いつも通り。
なんでもない、普通の日常。
そして、とうとう私はあの瞬間(変身)を迎えることとなる。
お風呂上がり、兄とのふとした接触。
胸が高鳴り、ドキドキが最高潮に達したその瞬間――
――私は、男になってしまった。




