第76話 ちょっとだけ、いいですか?
体育祭も半分を過ぎ、昼休憩に入った。
生徒たちはそれぞれお弁当を広げ、思い思いの場所でくつろいでいる。
私も蘭を誘って、木陰のベンチに腰を下ろした。
うちの学校の体育祭では保護者の参加は禁止されている。
だから昼休みには、友達同士や恋人同士のペアが自然とできあがっていた。
「あ、いたいた。唯さん、僕もご一緒していいですか?」
その声に顔を上げると、笑顔の流斗さんがこちらへ駆け寄ってくる。
どうやら、私たちを探してくれていたらしい。
「流斗さん! もちろん。ね、蘭?」
蘭へ顔を向けると、彼女は急に取り繕ったように微笑む。
「は、はいっ! どうぞどうぞ! あ、私、邪魔でしたら別のところに……」
「いえいえ、そんな。私がお二人の邪魔をしてしまうんですから」
にっこりと笑う流斗さんに、蘭は急にしとやかモードへと切り替わった。
座り方まで直して、さっきまで胡坐みたいだったのに、今は膝を揃えて女の子座り。
……わかりやすいなあ。
思わず小さく笑って、それからみんなでお弁当を広げた。
ふと、何気なく視線を走らせる。
気づけば、兄の姿を探していた。
そんな私の動きに気づいたのか、流斗さんがぽつりと告げる。
「咲夜なら、加奈さんと一緒ですよ」
「え……あ、そうなんですね。べ、別に気にしてないですけど」
強がるように返したその言葉には、少し自分への戒めも込めていた。
――いけない。また、兄のことを考えてる。
流斗さんの前で、それは失礼だってわかってるのに。
それでも心が勝手に反応して、目は兄を探してしまう。
はあ、情けない……。
「さ、食べましょ」
空元気を装って笑う私に、流斗さんも優しく微笑み返してくれた。
食後、私たちは残り時間をどう過ごすか相談していた。
「ちょっと、お手洗いに行ってきますね」
そう言うと、流斗さんは立ちあがり歩き出す。
私はその背中を、なんとなく目で追っていた。
すると、蘭がぽつりとつぶやく。
「流斗さん、なんか……可哀そう」
「は? 何よ、いきなり」
眉をひそめると、蘭は目を逸らして空を見上げた。
「……ううん、なんでもない」
その曖昧な態度に、私は頬をふくらませる。
と、不意に背後で足音が止まった気配がした。
「ねえ、唯さん」
振り返ると、そこには加奈さんが立っていた。
「加奈さん……!? どうしたんですか?」
まじまじと見つめる私に、加奈さんが笑顔を向ける。
「ちょっと、二人きりでお話したくて」
にこりと微笑むその顔は、普段通りの可愛らしい笑顔だったけど、どこか張り詰めた空気を感じた。
いったい何の話だろう?
あまりいい話ではないような気がするけど……断る理由もないし。
「わかりました。蘭、ここで待ってて。すぐ戻るから」
蘭に視線を向けると、彼女は困ったような顔をして、ぶんぶんと首を横に振った。
どうしたんだろう?
彼女の反応に、首を傾げる。
蘭が私の腕をそっと掴んできた。
「唯……」
その目が、何かを必死に訴えていた。
“行っちゃダメ”――まるでそう言っているみたい。
でも、加奈さんの手前、声には出さない。
「大丈夫。すぐ戻るから」
私は優しく微笑みながら、蘭の手にそっと触れた。
彼女はしばらく私を見つめたあと、あきらめたように手を離す。
いったい、何の話なのか。
加奈さんの醸し出すオーラから、あまりいい予感はしないけど……しかたない。
密かに気合を入れ直した私は、加奈さんに導かれるまま歩き出した。
――この先に、何が待っているのかも知らずに。




