第62話 はじまりの夜、蘭の部屋で
蘭の家の門の前。私は一呼吸おいてからチャイムを鳴らした。
久しぶりだから、少しドキドキする。
……しかも、これから話すことも話すことだし。
ほどなくして玄関のドアが開き、蘭が顔を覗かせた。
私の姿を見つけるなり、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「いらっしゃーい。さ、入って入って!」
無邪気な笑顔の蘭に引っぱられ、そのまま家へと招き入れられた。
その晩、私はあっけにとられていた。
目の前に並ぶのは、まるでパーティーみたいなごちそうの数々。
誰かの誕生日だったっけ? それとも何かのお祝い?
テーブルの中央には、大きなホールケーキがどんと置かれ、
隣には華やかなサラダが盛られた透明なボウル。
湯気を立てるコーンスープに、ローストチキン、山盛りのご飯まである。
呆然と眺めていると、蘭の両親がにこやかに声をかけてきた。
「唯ちゃん、遠慮せずに召し上がってね」
「若いんだから、いっぱい食べなさい」
私の向かいには、仲良く並んで座る蘭のご両親。
隣に座った蘭が、得意げに笑って言った。
「唯が来るって言ったらさ、お母さん張り切っちゃって!
ぜーんぶ手作りなんだよ」
え、これ全部……?
すごい。
「本当にありがとうございます。私のために、わざわざ……」
私は蘭のお母さんに頭を下げた。
「いいのよ。勝手に盛り上がっちゃって作っただけだから。
それに嬉しいの。こうやって唯ちゃんがうちに来てくれるの」
やわらかな笑みを浮かべる蘭の母の隣では、
イケメンでダンディな蘭の父が、うんうんと頷いて優しくほほえんでいた。
前から思っていたけど――蘭の家族はあたたかくて素敵だな。
まあ、うちも負けてないけど。
「ありがとうございます。いただきます」
お礼を言うと、美味しそうな料理に目を輝かせながら、夢中で頬張った。
食事のあと、家族みんなが順番にお風呂に入り始める。
私はお客さんだからと、一番風呂をもらった。
いたれりつくせりで、申し訳ないくらい。
お風呂から上がった私は、蘭の部屋で待たせてもらうことにした。
彼女が出てくるまで、ひと息つこうっと。
部屋に入った瞬間、足が止まった。
中央の小さなローテーブルの前に、座布団がふたつ並んでいる。
――ここに座れってことかな。
私はそのうちのひとつに、ちょこんと腰を下ろした。
それにしても……。
ふと、部屋の中を見渡す。
勉強机にベッド、壁際には本棚。
ローテーブルの向かいには、小さなテレビ。
壁にはクローゼットも備えつけられている。
ごく普通の女の子の部屋……と言いたいところだけど、
一点だけ、ちょっと圧倒されるものがあった。
壁には、ぐるりと囲むように貼られたアニメキャラクターのポスター。
どの子も楽しそうに微笑んでいて、その視線がこちらを見ているように感じる。
少し居心地は悪いけれど、きっと蘭にとってはこれが幸せなんだ。
本棚には、びっしりと少女漫画。
――彼女の人生のバイブル。
私は苦笑しながら、そこから一冊を手に取って、ぱらぱらとページをめくった。




