第56話 空回る恋、優しい誘い
次の日から、兄の態度が変わった。
私と流斗さんを応援する――その言葉どおりに。
朝の登校時。
兄とふたりで歩いている間はいつもと変わらない様子だったのに、流斗さんが合流した途端――
「わりい、俺ちょっと急ぐわ」
それだけ言うと、兄は学校へ駆けていった。
あまりにも不自然な態度だった。
これまで、どんなに私が嫌がっても、絶対に離れようとしなかったのに。
胸に棘が突き刺さるような痛みが走り、あとから重たいもやもやが広がっていく。
……でも、それ以上に今は彼のことが気がかりだった。
そっと横顔をうかがうと、流斗さんは変わらない笑顔を浮かべている。
その穏やかさに触れるたび、新しいもやもやが渦を巻く。
あの告白に、まだきちんと返事をしていない。
彼はきっと、待っていてくれるのに。
なるべく早く伝えなきゃと思うのに……言葉が出てこない。
ふたりきりになると、なんとなく気まずくてうまく話せなかった。
それでも流斗さんは、急かすこともせず、いつもと同じ優しい笑顔を向けてくれていた。
昼休みになっても、兄は姿を見せなかった。
代わりに教室の扉から顔を覗かせたのは、流斗さんだった。
「唯さん」
笑顔で手を振る彼に驚き、駆け寄る。
「迎えに来てくれたんですか?」
「うん。屋上に行こう」
私は周囲をキョロキョロと見まわした。
「咲夜なら、来ないよ」
その言葉に、胸がちくりと痛む。
「……そうですか」
いつも、まっさきに私のところへ来るのに。
兄の様子は、やっぱりいつもと違う。
昨日「応援する」なんて言ってたから、そういうつもりなんだろうけど……。
でも、こんなにあからさまにしなくてもいいのに。
「唯さん?」
流斗さんが心配そうに私を見つめる。
「あ、ごめんなさい。……行きましょう」
慌てて笑顔を作り、歩き出す。
背後から、彼が静かに続く気配がした。
いけない。
流斗さんに変に思われちゃう。
兄がいないことを寂しく思っているなんて、絶対に悟られちゃいけない。
せっかく彼が隣にいてくれるのに――。
モヤモヤとした気持ちを引きずったまま、放課後を迎えた。
結局、楽しいはずのランチも、兄のことが気になって心ここにあらず。
流斗さんはきっと気づいている。
私の気持ちに気づきながらも、何も言わず、いつも通り接してくれている。
その優しさに甘えている私は、ほんと最低だ。
うう……情けない。
「唯さん、大丈夫ですか?」
ふと顔を覗き込まれ、我に返る。
落ち込んでいた顔を見られてしまった。
夕暮れの通学路。肩を並べ、ゆっくり歩く。
今隣にいるのは流斗さんだけ――いつも当たり前のように隣にいた兄の姿はない。
まだ兄は私を避けている。
帰り支度をしている私のところへ迎えに来たのも、今日は流斗さんひとり。
彼によると、兄は『加奈と約束があるから先に帰る』と言っていたらしい。
でも、それって……どう考えても口実だよね。
今までそんなこと一度もなかったのに。
ふたりきりにしてあげようって気遣いなんだろうけど、こんな露骨にしなくてもいいのに。
そんなふうに考えていると、流斗さんが声をかけてきた。
「そうだ。これから放課後デートしませんか?
何か美味しいものでも食べましょう。僕が奢ります」
突然の嬉しいお誘いに、胸がときめく。
「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
私が笑うと、流斗さんも嬉しそうに笑った。
そうだ。
どうして兄のことばかり考えているんだろう。
目の前にいるのは流斗さんなのに。
ちゃんと向き合うって、決めたばかりじゃない。
――しっかりしなきゃ。
私は兄への想いを胸の奥にそっとしまい、流斗さんとの今を大切にしていこうと、強く心に誓った。




