第39話 兄と彼にそわそわ
兄の顔が、一瞬だけ悲しげにゆがんだ気がした。
でもそれもすぐに、いつもの笑顔に戻る。
「おう、じゃあ、俺いこうかな……お先」
「え? ……うん。あ、さっき何か言いかけた?」
気になって声をかけると、兄は一瞬目を伏せてから、ふっと笑った。
「ううん、いいんだ。――また今度」
そう言って、兄は軽く手を振りながら廊下の方へ歩いていった。
その笑顔は、ほんの少しだけ寂しそうで。
どうしたんだろう。
流斗さんの話をしていたみたいだけど。
まさか、嫉妬してるとか?
いやいや、そんなわけ……。
そう思いながらも、私は兄の背中に目が釘付けになる。
さっきの態度や反応が、妙に気になってしかたなかった。
見えなくなるまで、ただじっと、その背中を見送っていた。
そして、次の日曜日。
今日は待ちに待った流斗さんとの初デートだ。
私はウキウキしながらクローゼットの前で服選びに夢中になっていた。
「うん、これに決めた!」
鏡に映る自分にニコリと微笑みかける。
お気に入りの水色のワンピース。
袖はふわっとしていて、首元は丸襟。ウエストのリボンをきゅっと結ぶと、自然と女性らしいシルエットになる。
丈はひざ下で上品な印象。
これを着ると、自分でもちょっと女の子らしくなれた気がする。
流斗さん、気に入ってくれるかな。
「おまえ、鏡の前で何ニヤついてんだよ」
背後から突然声がして、私はびくっと肩を跳ね上げる。
慌てて振り返ると、いつの間にか開いたドアの向こうに兄が立っていた。
「もう! ノックしてって、いつも言ってるでしょ!」
睨みつけると、兄はまったく悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「はいはい。……で、時間、大丈夫か?」
そう言いながら、部屋の壁掛け時計を顎で指し示す。
視線を向けると、時刻は十時四十五分。
やばいっ、あと十五分で約束の時間だ!
服選びに夢中で、すっかり時間を忘れていた。
駅前まで急げば、ギリギリ間に合いそう。
私は慌てて身支度を整え、玄関を飛び出した。
「いってきまーす!」




