第38話 からまわりのミルクタイム
その日、私は兄が言っていた約束について確認するため、父に尋ねてみた。
すると父はきょとんとした顔で首を振り、そんな約束は知らないと言う。
そして休日のお出かけについては快く了承してくれた。
つまり、兄は嘘をついていたということになる。
どうしてそんなことを?
疑問は残るけれど、私には見当もつかない。
とりあえず兄に確認してみたものの、うまくはぐらかされてしまう。
そして――それどころでなくなってしまったのは、そのあとだ。
私に彼氏ができたと知った父と母が、もう大騒ぎ。
「どんな人なの?」
「写真は?」
「どこで知り合ったの?」
と質問攻めに遭い、兄の嘘のことなんてすっかり頭から抜け落ちてしまった。
ああ、そういえば。
両親にお付き合いのことを報告するの、すっかり忘れていた。
だってまだ“仮”だし。いいかなって思ってたんだけど。
とりあえず「彼氏ができた」ってことだけ伝えてみた。
相手が流斗さんだということは伏せて。
だって、なんだか恥ずかしいんだもん。両親は流斗さんのこと、よく知ってるし。
いろいろからかわれそうだし……そういうのは、兄だけでお腹いっぱい。
ようやく、両親の攻撃から解放された。
その足でキッチンに立ち、私はホットミルクを作る。
それを手に、リビングのソファーへと腰を下ろした。
ほっと一息。湯気の立つミルクを、そっとひと口含んだ。
そのとき、兄がひょいと隣に座ってきた。
肩がかすかに触れそうな距離に、思わず息を呑む。
ミルクの湯気に紛れるように、鼓動が静かに速まっていく。
声をかけるでもなく、二人の間に小さな沈黙が落ちた。
何か言いたそうで、でも迷っているような気配が伝わってくる。
私はミルクを見つめながら、ただ静かに言葉を待った。
やがて、兄がぽつりとつぶやいた。
「なあ、唯……おまえ、本当に流斗のこと……」
そこで言葉が途切れた。
私は兄の顔を覗き込む。
兄は何か考え込むような、どこか真剣な表情でうつむいている。
「どうしたの?」
問いかけると、兄はふいに顔を上げ、私をじっと見つめてきた。
その視線が、まるで何かを伝えたがっているように揺れている。
兄はそっと口を開いた。
「……えっと、流斗っていい奴だろ。
優しいし、賢いし、ルックスもいいもんな。ま、全部俺には敵わないけど」
冗談めかしてニヤッと笑う。
「自分で言う?」
私が吹き出すと、兄もつられて笑った。
「まあ、唯が流斗に惚れるのもわかるよ。……おまえが本気なら、俺は……」
そう言いかけたところで、タイミング悪く父がリビングに入ってきた。
「咲夜くん、唯。お風呂空いたから、どっちか入っておいで」
「あ、はーい!」
私が返事をして兄に視線を戻すと、兄は口を半開きにしたまま固まっていた。




