第30話 お試し恋人?
「えーーー!? なんでそうなるんですか!?」
思わず声が裏返る。
「まあまあ、落ち着いて。
別にいいじゃない。咲夜も彼女いるんだし、唯さんに彼氏がいたって。
それに、変身のことを知ってる僕が側にいた方が安心でしょう?
彼氏として側にいれば、いつでも助けることができる。
僕は咲夜の親友だし、信頼も厚い。
これだけ揃ってる男は、僕以外いないと思うけど。どうかな?
唯さんって、彼氏いたことないでしょ。
一度、試しに付き合ってみない?」
いつもの柔らかな笑顔を崩さず、淡々と語る流斗さん。
私はぽかんと口を開けたまま、話に耳を傾けるしかなかった。
お、お試しって……そんな簡単に恋人って決めていいの?
なんだか流斗さんのペースに巻き込まれている気が、しなくもないけど。
でも、たしかに私は、今まで誰かと付き合ったことなんてなかった。
……それは、間違いなくお兄ちゃんのせい。
兄以上に素敵だと思える人に出会えず、誰のことも好きになれない。
そして、兄への気持ちも捨てきれず、悶々と過ごす日々。
もしかして、これはいいきっかけになるのでは?
流斗さんなら、容姿も人柄もすべて申し分ない。
私にはもったいないくらいの人だ。
そんな人がお試しで付き合おうと言ってくれている。
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。
考えれば考えるほどわからなくなっていく。
でも、単純な私は、つい浅はかな考えに行き着いてしまう。
「そう……ですね。流斗さんがそうおっしゃってくれるなら。
一度、お試しでお願いできますか?」
つい、口にしてしまった。
「本当!?」
流斗さんはぱっと顔を輝かせ、驚くほど無邪気な笑顔を浮かべた。
普段の落ち着いた雰囲気とはまるで別人。
こんな表情の流斗さん、初めて見たかもしれない。
私は少し戸惑いながらも、そっと頷いた。
「嬉しい、ありがとう!」
そのまま、流斗さんは私をふわっと抱きしめた。
その数秒後――私は優に変身してしまった。
……というのが、せっかく昼間に唯に戻ったのに、また優になった経緯。
あのあと、流斗さんの背に隠れながら、私は急いで家へと駆けこんだ。
だって道端で急に変身しちゃうだもん。ほんと焦ったよ。
まあ、なんとか誰にも見つからずに帰ってこれたけどね。
さすがに、白昼堂々、スカート履いてる男子がいたら問題でしょ。
私はそっと、兄の様子を窺った。
母の料理を夢中で頬張る姿が、なんだか無邪気で微笑ましい。
そんな兄と、ふいに視線が合う。
「なに。唯、俺に見惚れてどうした」
「はあ? 見惚れるわけないでしょっ!」
照れ隠しに顔を背ける。
……流斗さんとのこと、言いそびれてしまった。
いや、言えなかった。
パッと言ってしまえばいいのに、なぜか口が重い。
兄がどう思うか、気になってしまうのだ。
もし「ふーん」とか興味なさそうにされたら、それはそれでショックだし。
私のこと、何とも思ってないってことになる。
まあ今は両親もいるし、言いにくいんだ。
そうだ。そういうことにしておこう。
心の中で言い訳を探しているうちに、あっという間に夜はふけていった。
ソファーから立ち上がった兄が、大きく伸びをしながら私の方を振り返る。
「おやすみ〜。唯、おまえももう寝ろよ。夜更かししてると肌荒れるぞ」
「わ、わかってる」
あっかんべーをすると、兄も同じようにあっかんべーを返してくる。
はあ……なんでいつもこうなるの。
素直になれない私。
結局、今日は言えなかった。
肩を落としつつ、私は両親に挨拶して、自室へと向かった。




