第29話 恋は突然に
結局、そのあと。
加奈さんは文句とも愚痴ともつかない言葉を次々と並べ立てた末に、兄をあっさりと連れ去っていった。
一見おとなしそうに見えるけど――案外、押しが強いのかもしれない。
兄は露骨に面倒くさそうな顔をしていたが、加奈さんの勢いには敵わなかったのか、そのまま素直に連行されていった。
静かになった屋上。
ぽつんと残された私は、ふと横に目をやる。
……ちょうどその瞬間、流斗さんと目が合った。
「さて、今日は僕が唯さんを送っていきますよ」
にこりと微笑まれ、戸惑う。
「え? そ、そんな、大丈夫です。一人で帰れます」
慌てて申し出を断った。
流斗さんにまで迷惑をかけるわけにはいかない。
今日は唯が休みということになっているから、このまま学校にいるわけにもいかない。
早めに帰ろうと思っていた。
本当なら、兄が無理やりにでもついてきたのだろう……しかし、現状それは無理だ。
それでも、だからといって流斗さんに頼る、という話にはならない。
「流斗さん、今日はありがとうございました。
私は一人で大丈夫ですので、心配しないでください。では」
そう言って一礼し、その場を離れようとした瞬間、腕を掴まれた。
「待って。僕も唯さんが心配なんだ。
きっと咲夜も、君を一人で帰したって聞いたら怒るよ。
僕なら大丈夫だから、送らせて?」
切なげなまなざしが、まっすぐ私を射抜く。
軽く言っているようで、その声はどこか必死だった。
そして――結局、押し切られる形で送ってもらうことになった。
今は流斗さんと並んで歩きながら、帰宅中。
制服は、さっき理事長室で着替えたものだ。
やっぱり、こっちの制服のほうが落ち着く。
そっと視線を落とすと、スカートの裾が目に入り、どこかほっとした気持ちになる。
隣を歩く流斗さんにふと視線を向けた。
ほんとうに申し訳ない。
兄や彼に迷惑ばかりかけて……自分が情けなくなる。
そんなふうに申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつも、ふと加奈さんの顔が頭をよぎった。
お兄ちゃんにあんな彼女がいたなんて……。
かなりショックだった。
彼女がいるのは知ってたけど、よりにもよって、あんなに可愛い人だなんて。
まあ、別にいいんだけど。別に。
「どうしたんですか? そんな不機嫌そうな顔をして」
流斗さんが私の顔を覗き込んできた。
「え? あ、別に」
私は慌てて視線を逸らす。
「加奈さんのことでしょう?」
図星を突かれ、流斗さんを凝視した。
「な、な……」
言葉が出ない私を見て、流斗さんがくすっと笑う。
「やっぱり、唯さんは可愛いですね」
「えっ?」
「ねえ、唯さん。僕たち、お付き合いしませんか?」
「……は?」
――突然の告白から、数時間が経った。
私は優の姿のまま、夕食を頬張っていた。
目の前には父と母。そして隣には兄。
「おまえ、なんで昼間唯に戻ったばかりなのに、また優になるかな……おまえまさか」
兄が目を丸くして私を見つめる。
ドキッと心臓が跳ねた。
な、なんか、感づいた?
「優の格好、結構気に入ってるのか?」
兄の言葉に、私は肩をガクッと落とす。
……そうだよね。
兄はまだ、あのことを知らない。
だから、想像できるはずもない。
そう、あのとき――
私は昼間の出来事を、こっそり思い返していた。




