第1話 ひみつの恋ごころ
――あの変身の少し前に、話はさかのぼる。
朝の静けさを切り裂くように、目覚まし時計が鳴り響く。
私はそれを手探りで止めた。
むくっと起き上がり、眠たい目をこすりながら大きなあくびをひとつ。
いつも通り、ぼーっとした頭のまま制服に着替え、部屋を出る。
一階に降りて、洗面所へと向かった。
顔を洗おうと扉を開けた瞬間、私の足がピタリと止まった。
目の前に現れた光景に、固まる。
「唯、おはよう」
朝風呂を終えたばかりの兄、咲夜が微笑みかけてくる。
上半身は裸のまま。
引き締まった身体に、思わず目を奪われた。
制服のズボンは履いているけれど、ちょうどボタンを留めている最中だった。
「お、お、おはよう!」
慌てて背を向けるけれど、ドキドキは止まらない。
さっき見た兄の姿が、鮮明に頭の中にこびりついている。
「なんだよ。お兄ちゃんの裸に照れてんのか?」
からかうように、兄が後ろから私の頬をつついてくる。
「ち、違うし! 誰がお兄ちゃんなんか……」
意地になって振り返ったものの、どこを見ればいいのかわからず、視線が彷徨う。
そんな私を面白がるように、兄はじりじりと距離を詰めてくる。
気づけば、壁際に追い込まれていた。
至近距離から見つめられ、いっきに顔が熱くなる。
「な、何よ」
必死で睨んでみるが、兄は余裕の笑みを浮かべたまま。
ふっと、耳元でささやく。
「そんなんじゃ、まだまだ男はできないぞ」
「余計なお世話よ!」
頬をぷくっと膨らませて反論すると、兄は満足そうに笑い、私の頭をポンポンと叩いて洗面所を出ていった。
ふう……。胸をなでおろし、ほっと息をつく。
高鳴る鼓動も、ようやく落ち着いてきた。
毎日が、こんなふうに気持ちを抑える戦いだ。
好きな人と一緒に暮らしている状況で、想いを隠し続けるのは想像以上に大変なことだった。
そう、私は兄の咲夜に恋をしている。
一応言っておくけど、咲夜は実の兄じゃない。
私の父と、兄の母が恋に落ちて再婚した。
私が五歳、兄が七歳のときに、義理の兄妹になったのだ。
初めてできたお兄ちゃん。
幼い私は、それだけで胸が高鳴っていた。
いつもそばにいてくれて、優しくて頼りになる兄。
だけど、年月が経つにつれ、少しずつ関係が変わっていった。
兄は私をからかうようになり、ちょっかいを出してくるようになった。
そのころは嫌われたのかもしれないと不安に思ったこともあったけれど……。
ふとした瞬間に見せる優しさに触れるたび、私は妹として愛されているんだと感じていた。
そして気がつけば、兄に惹かれていた。
誰かにいじめられると、すぐに守ってくれる。
寂しいとき、悲しいときには、寄り添ってくれる。
絶対に私を一人にはしなかった。
きっと家族として愛されているんだろう。
妹として、可愛いって思ってくれてるんだと思う。
でも、それ以上はきっとない。
この気持ちを打ち明けたら、兄はどう思うだろう。
きっと気持ち悪いと思われる。
嫌われてしまうくらいなら、この恋を心に閉じ込めたまま生きていく。
そう、私はこの気持ちを一生、封印するつもりだった。




