第147話 ただいま、おかえり。女神はすぐそばに
「ただいまー!」
玄関から父の声が響き、兄は弾かれたように私の上から飛び退いた。
「げっ、父さん!? なんで帰ってくんだよ!」
慌てふためく兄を横目に、私は急いで乱れた衣服や髪を整える。
両親を迎える準備を整えながら、心臓はバクバクと高鳴っていた。
「あー、お腹空いたよ」
「ほんとうねえ」
そんな他愛もない会話をしながら、父と母がリビングへやってきた。
「ど、どうしたの? レストランで食事してくるんじゃなかったっけ」
予定よりずっと早い帰宅に、私は小さく首をかしげる。
すると、父が困ったように笑った。
「ん? それがさあ。臨時休業だったんだよ」
「ほんと、ついてないんだから~。ねえ、咲夜の料理、何か余ってない?」
母がキッチンの方へ物色に行き、
父は私のところへふらりとやってきて、そのままふにゃっと抱きついてきた。
柔らかな感触にふっと頬が緩む。
これは父なりの愛情表現のひとつで、癖みたいなものだ。
嬉しいんだけど、ちょっと暑苦しいんだよね。
「あれ? なんか唯、顔赤くない? 熱でもあるのかい?」
心配そうに私の顔を覗き込む父に、あわてて笑顔を作る。
「えっ、そうかな? 別に。全然、大丈夫!」
必死にごまかしながら、私はちらりと兄を見る。
兄は苦笑いのあと、ニッと笑ってウインクをよこしてきた。
……反省してないな。
ほんと、油断も隙もないんだから。
そっと息をついたとき、ふとさっきの場面が脳裏をよぎる。
顔がかぁっと熱くなった。
や、やばい。冷静に冷静に。
まったく、勝手な兄で困る。
でも憎めないんだよなあ。
なんだかんだで、結局いつも許しちゃう。
……ていうか、そういうとこも――好き。
***
こうして、また私たちの日常が戻ってきた。
朝、私が寝癖のまま食卓に現れ、それをからかってくる兄。
母が「あらあら」と笑い、父が優しく微笑みかけ、くすっと笑う。
そんな、ありふれた光景。
でも、前と違うのは――
私と兄が両想いで、恋人同士ってこと。
変身なんて……最初は戸惑うことばかりで。
どうしようもなく不安で、苦しいこともたくさんあった。
でも、その不思議な出来事がなかったら、家族との絆も、親友との友情も、流斗さんとの関係も、兄への想いも。
なにも変わらなかった。
すべてが奇跡のような、夢のような、大切な私の宝物。
起こることは変えられない。
でもそこから何かを得ることはできる。
あきらめず、前を向き、人を信じ、進み続ければ――
勝利の女神はすぐそこに!
……なんてね。




