第140話 キスの続きは、また今度
「好きだよ……ずっとこの日を夢見てた」
愛しい人からの囁きに、とろけてしまいそう。
体中がぽうっと熱くなる。
「私も、お兄ちゃんが好き」
ふと漏れたその言葉に、兄が少し不機嫌そうに眉をひそめた。
「二人きりの時は、咲夜って呼べ」
不貞腐れた顔が可愛くて、思わず笑ってしまう。
「……うん、咲夜。好き」
「いい子だ」
そして私たちは、ゆっくりと唇を重ねた。
静かな時間が流れる。
しばらくして、兄がそっと私から顔を離した。
愛おしげに見つめてきて、ぽつりと呟く。
「変身、しなかったな。よかったな、元通りになって」
そう言いながら、兄が私の髪にやさしく触れる。
艶のある瞳とともに、その手が輪郭をなぞっていく。
「うん……いろいろ心配かけて、ごめんね。ありがとう」
私が微笑むと、兄も嬉しそうに笑った。
「おまえを心配できるのは、俺の特権だろ。
それに――今回の件は、ラッキーだったとも言える」
「どういう意味?」
首をかしげると、兄は悪戯っぽく笑いながら囁いた。
「だって、おまえを手に入れることができたから」
吐息のようなその声と共に、私の首筋に顔をうずめてくる。
「ひゃっ、な、なに……?」
くすぐったさに身をよじると、兄がこちらに顔を向け、そっと囁いた。
「なあ、このまま続きしていい?」
「は、はいっ!?」
驚いて声を上げた私の首筋に、兄が軽くキスを落とす。
「やっ……」
体がビクリと震えた。
「大丈夫、俺に任せとけ」
そのまま兄が体を重ねようとした――そのとき。
「ちょっと、まったあ!! それ以上は駄目だーっ!!」
突然、リビングに父の怒号が響き渡った。
驚いて振り返ると、父と母が立っていた。
鼻息荒く仁王立ちの父と、申し訳なさそうに微笑む母。
「な、なんで!? もう寝たんじゃ……」
ぽかんと二人を見つめる。
まさか、ずっと見られてた……!?
顔から火が出そうになる。
突然、父がずかずかとこちらへ詰め寄ってきた。
目の前で立ち止まったかと思うと、体をぷるぷる震わせる。
「ぜ、絶対ダメだー! 今日はもう二人とも寝なさーいっ!!」
その怒鳴り声に、兄と私は顔を見合わせた。
普段温厚な父が……ここまで怒ったのは初めてだった。
そのまま、私たちはすごすごとリビングを後にしようとする。
そのとき――母がそっと私に耳打ちしてきた。
「ごめんねぇ、邪魔しちゃって。
なんとか寝室へ連れて行こうとしたんだけど、唯ちゃんのことが心配で、雅人さん離れなかったのよ。
ふふっ、でも大丈夫。これからチャンスは山ほどあるから。母さん、応援してるわ」
うふふっと笑う母は、どこか楽しそう。
「そこっ! 早く寝るっ!」
再び響いた父の声に、私は慌てて二階へと避難する。
ほんと、びっくりした。
あの、いつものほほんとしたお父さんが、まさかこんなふうに変貌するなんて……。
自分の部屋に向かいかけたところで、後ろから声がかかった。
「唯、おやすみ。また今度な」
片目でウインクして、優しい笑みを残したまま兄は部屋へと戻っていった。
その背中を見送りながら、私は小さく息をつく。
まだ、ドキドキしてる。
あのままお父さんが来なかったら、私……なんて考えて、また顔が熱くなる。
「さ、寝よ寝よ」
浮かんでくる妄想を振り払うように、私は自分の部屋へと入った。
こうして――私の変身劇は、無事に……幕を閉じたのだった。




