第139話 ドキドキ判定は、まさかの方法
怒りのおさまらない兄をなだめながら、ようやく家へ戻ってきた。
帰りが遅くなった私たちを、両親は心配そうに出迎えてくれる。
とりあえず気持ちを落ち着けるために、食事をとって、お風呂もすませる。
やっと一息つける頃には、自然と家族全員がリビングに集まっていた。
寝る前の、いつものリラックスタイム。
湯気の立つカップを手に、それぞれが各々の場所へ腰を下ろす。
私は兄と目を合わせ、少しだけ息を吸い込んだ。
――あの男のこと、そして解毒剤のことを話さなきゃ。
ひと通り話し終えると、両親は顔を見合わせて、ふっと嬉しそうに笑った。
「へえ~、よかったじゃないか。これでもう変身しないんだろう?」
父が軽やかに言えば、母もにっこりと笑みを浮かべる。
その期待のこもった眼差しを受けながら、私は苦笑いを返した。
「う、うーん。本当に変身しないのか、まだよくわかんないんだよね。
解毒剤は飲んだけど、何にも変わった感じしないし」
ため息まじりに答えると、母がどこか含みのある視線を向けてきた。
「唯ちゃんって、ドキドキしたときに変身するんだったわよね?」
なにかひらめいたように目を輝かせる。
「うん……そうだけど?」
私がうなずくと、母は嬉しそうに手を打ち、ぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、ドキドキすることしたらいいんじゃない?」
「え?」
一瞬、空気が静まり返る。
父が「そうだな、それで確かめられるかもな」と頷きながらも、首をかしげる。
「でも、ドキドキって……何をするんだ?」
本気でわからないといった様子で考え込む父に、母がこそこそと耳打ちをする。
すると、父が「えっ!?」と驚いた顔で、私と兄を交互に見つめてきた。
「いや、それはさすがに……」
戸惑う父の腕に自分の腕を絡めながら、母がニコニコと私たちを見つめる。
「あ~私、なんだか眠くなってきちゃった。
話はだいたい聞いたし、詳しいことはまた今度ね。
今日はもう遅いし、疲れただろうからゆっくり休みなさい。おやすみ~」
いつになく饒舌な母は、そのまま父を立たせ、ぐいぐいと引っ張っていった。
「え、ちょ、ちょっと待ってくれ!」
父はわたわたと抵抗していたが、結局そのまま連れ去られていく。
賑やかな声が遠ざかり、リビングはしんと静まり返った。
「な、なんだったの……?」
私はただ、ぽかんとふたりを見送った。
気づけば、兄と私の二人きり。
「なあ」
低い声に、肩がビクッと跳ねる。
「な、なに?」
二人きりになると緊張してしまう。
以前からそうだったけど、今回は鼓動がやけに速い。
やはり、お互いの気持ちを知ってしまったあとだから、だろうか。
「変身しないかどうか……試してみるか?」
「え?」
兄が、いきなりぐっと顔を近づけてきた。
もう数センチで唇が触れそうな距離。
「っ……!」
息が止まりそう。
ドキドキドキ、心臓が暴走する。
「どうだ?」
兄が囁くように尋ねる。
「わ、わかった。もうわかったからっ! 変身しない、しないからー!」
動揺しすぎて、声を張り上げていた。
でも、確かに。変身はしていない。
本当に元に戻ったんだ。
ほっとしたのも束の間、ほっとできない状況が続く。
「……本当か? もっとドキドキしないと、まだわからないかもな」
そう言って、兄が私をソファに押し倒した。
「ちょ、ちょっと!?」
冗談とも本気ともつかない顔で、兄がさらに近づいてくる。
大好きなその顔が、目の前いっぱいに迫ってきて――
も、もう無理っ!
どうにかなっちゃうよ!
心臓が飛び出しそうなくらい、激しく脈打つ。
「唯……」
そのやわらかな声に、閉じていた目をそっと開いた。
目の前には、兄の顔。
まっすぐに見つめてくる瞳に、息がうまくできない。
――でも、なぜだろう。
視線が合っただけなのに、胸を締めつけていた緊張がほんの少しゆるんだ。
その眼差しはあたたかくて、包み込まれるみたい。
ドキドキしていた鼓動も、いつのまにか少し落ち着いていた。




