第137話 兄激怒! 怒りの鉄拳
先ほどから黙って話を聞いていた兄が、とうとう口を開いた。
「クレープ屋に変装して、ターゲットを絞ってたってのか?
なんて卑怯な奴なんだ。それで、どうして唯にしたんだよ!」
「そ、そうよ。なんで私だったの?」
私もすかさず問いかける。
すると男は、少し顔を赤らめ、もじもじしながら答えた。
「だって、君……タイプだったんだもん」
『は?』
私と兄の声がハモった。
「君みたいに可愛い子が、男の子になったらそれはそれで可愛いかなって思って。
それで、君のクレープのイチゴに薬を仕込んだんだ」
開いた口が塞がらない。
な、なんじゃそりゃー!?
そんな理由で、私は実験台にされたっていうの?
ネズミには平気だったかもしれないけど、人間だったらどうなるかわからないんでしょ?
命に関わることだってあったかもしれないのに……!
そんな正体不明の薬を人に飲ませるなんて――
言語道断!
信じられない、許さないっ。
人としても、化学者としても、失格よ。
怒りが全身を駆け抜け、こぶしをぎゅっと握りしめた。
そのとき、突然兄が叫んだ。
「おまえっ! よくもそんなことができたなあ。
もし唯に何かあったら、どうするつもりだったんだよ!」
兄は勢いよく男のもとへ駆け寄り、その胸ぐらを掴み上げた。
「ひいぃ、ご、ごめんなさい!
何かあればすぐに対処しようと思って、ずっと見張ってたんだっ!」
苦しそうに咳き込みながら、男が訴える。
見張ってたって……どういうこと?
まさか、ずっと私たちのことを――?
「おまえ、ずっと俺らのこと見てたのか?」
兄がさらに怒気を込めて問いただすと、男は必死に言い訳を始めた。
「いやいや、違うんだ!
何かあったらすぐに駆けつけて、解毒剤を渡すつもりだっただけで……!
決して、実験の経過を観察していたわけでは――」
そこまで言って、男が口を押さえた。
しまった、という顔。
兄の目が光る。
「……ほう。つまり、唯を実験対象として経過観察してたってことだな?
あっ!? てめえっ、人の妹に何してくれてんだ! 覚悟はできてんだろうな!」
怒りに駆られた兄が男を突き飛ばし、そのまま地面に押し倒す。
馬乗りになった体勢から、拳が振り上げられた。
――振り下ろされる、その寸前。
「ひっ! ま、待て。話を聞いてくれ。俺は、解毒剤を持ってるんだぞっ!」
悲鳴じみた叫びに、兄の拳がぴたりと止まった。
虫けらを見下ろすような冷たい目をした兄の口から、低く鋭い声がこぼれ落ちた。
「出せ。その薬……今すぐ出せ」




