第136話 選ばれし“モルモット”?
「自分で試せばよかっただろ?」
突然、兄がぶっきらぼうに口を開いた。
私は「そうよ」と心の中で同意しながら、うんうんと頷く。
男は肩をすくめ、かぶりを振った。
「僕で試して、僕に何かあったらどうする? もし記憶がなくなったりしたら……この素晴らしい薬が、永遠に失われてしまうかもしれないんだよ? それだけは避けたかった」
その言葉を聞いて、ふと疑問が浮かぶ。
……え、それって。
私なら、何かあってもよかったってこと?
視線に込めた疑念を察したのか、男があわてて付け加えた。
「いやいや、そんな危険なものじゃない。命に関わることはないって確認してあったし……ラットに飲ませたときも大丈夫だった」
ネ、ネズミ!?
嘘でしょ、私はネズミと同じってこと? 信じられない……。
口をあんぐりと開け、ただ絶句するしかなかった。
そんな私の反応をよそに、男は楽しげに語り続ける。
「ほんの短い時間だったけど、ラットは性別が逆転したんだよ。その瞬間、僕は震えた。『……俺は、天才だ!』って」
男は目を輝かせ、両腕で自分を抱きしめるように小刻みに体を震わせていた。
まるでその瞬間の感動を何度もなぞるみたいに、恍惚とした顔で。
完全に自分に酔いしれている。
……なんなの、この男。
「それで、そのネズミはどうなったの?」
皮肉混じりに問いかけると、男は真剣な面持ちで頷いた。
「ああ、数分後には元に戻ってしまったんだ。
その後もしばらく観察を続けたけれど、それっきり変身は起こらなかった。
何が原因かを確かめたくて、同じネズミにもう一度薬を与えてみたんだけど、今度はまったく反応がなかった。それで今度は、別の個体でも試してみたんだけど……」
そう言いながら、男は腕を組み、遠くを見つめる。
まるで何か神聖な記憶を回想しているかのように。
「変身が続く時間はまちまちだった。でも、どの個体も一度戻ったら、それっきり。もう二度と変身は起こらなかった。
なんとも不思議な現象だ。……それが、なんとも神秘的で、興味をそそられた」
男は語りながら、熱に浮かされたような目をして、静かに笑った。
背筋に冷たいものが走る。
“研究者”って、こういうタイプが多いんだろうか……。正直、ちょっと怖い。
思わず顔をしかめる。
そのとき、彼の視線がまっすぐに私をとらえた。
「そこでだ! もしかして人間にも効くんじゃないか。
そう思った瞬間、希望が一気に広がったんだ! 化学者としての魂が震えてさ……もう、試さずにはいられなかった。それで――」
男の瞳がキラリと光る。
それに選ばれてしまったのが、私ってこと?
じょ、冗談じゃない。
もしかしなくても、私ってめちゃくちゃ運が悪いのでは。
自分の運の悪さを呪いながら、ただジト目でにらみ返すしかなかった。




