第127話 変身と帽子と、重ねた手
その瞬間。
兄の動きが、ピタリと止まった。
目をまん丸に見開いて、私を見つめている。
この反応、もしかして――。
「唯……いや、優」
その一言で、すべてを悟った。
「はは……」
やっぱり、変身してしまった。
なんでこんなときに……。私は小さく肩を落とした。
次の瞬間。
頬に、やわらかな感触がふれる。
「っ!」
驚いて顔を上げると、兄がにやりと笑った。
子どもみたいな無邪気な表情に、思わずクスッと笑ってしまう。
――ほっぺに、ちゅー。されちゃった。
まるで夢みたい。
……ふと我に返る。
慌てて周囲を見回した。
変身、誰かに見られてなかったよね――。
通行人たちは特にこちらに目を向けることもなく、普通に通り過ぎていく。
どうやら、大丈夫だったらしい。
胸をなでおろし、小さく息を吐いた。
「これでも被っとけよ」
兄がそっと帽子を私の頭に乗せてくれた。
きっと、変身したことへの気遣いだろう。
体格が大きく変わるわけじゃないし、顔だってほとんど同じ。
だから、じっくり見られでもしない限り、正体がバレることはない。
……でも、もし知り合いに見られたら、いろいろややこしい。
だからこそ、兄のこういうさりげない優しさが、じんわり心に染みる。
まるで私の戸惑いや不安を全部見透かしているみたいで――胸がふんわりあたたまる。
そのまま、私たちは手をつないで、仲良く帰路についた。
ところが途中で、また私は唯へと戻ってしまった。
なんとも、今回はずいぶん早い。
発作は苦しかったけれど、隣に兄がいてくれたおかげで心細くはなかった。
手を離さず、じっと見守ってくれるその存在が、何よりも心強くて、安心できた。
変身のあと――
ふたりで顔を見合わせ、そっと笑い合う。
「今回、早かったな」
「ほんとに……まったく、慌ただしいんだから」
ため息をつきながら、私は目深にかぶっていた帽子をそっと取った。
ふと兄と目が合い、ふたりしてまた笑い合う。
そして、もう一度、手をつないで歩き出した。
愛おしい――。
この手のぬくもりから、あたたかな想いがまっすぐに伝わってくる。
家まであと少し。
すでに日が暮れ、外灯の明かりの中を二人で並んで歩いていく。
ふっと息を吐いた。
大丈夫。心はもう揺れていない。
私たちは決めていた。
この想いを、ちゃんと伝えよう。
――お父さんにも、お母さんにも。




