第12話 新しい始まりと、小さな不安
「あ、あいつ、鋭いな……」
肩で息をしながら、兄がぼそりとつぶやいた。
「やあ、いらっしゃい」
優しい笑みを浮かべて、父がゆっくりと近づいてくる。
家で見るいつもののほほんとした姿とは違い、どこかビシッと締まって見えるのは、ここが理事長室だからだろうか。
私たちは父に会うため、理事長室までやってきた。
大きな窓際には立派な机があり、中央にはテーブルとソファ。壁際にはびっしりと本が並んでいる。
落ち着いた雰囲気に包まれたその部屋は、仕事場らしい威厳を漂わせていた。
何度か来たことはあるけれど……やっぱり緊張する。
「理事長室」というだけで、自然と背筋が伸びる。
ほわんとした普段の父も素敵だけど、スーツをびしっと着こなす父もまた格好いい。
「父さん、準備のほうはどう?」
兄の問いに、父は穏やかに頷いた。
「ああ。南優はもう転校生として登録済みだよ。優は心配せずに、学校生活を楽しみなさい」
父は私の肩に手を置き、励ますように微笑んでくれる。
頼りになる父を持って、幸せだなあ……と噛みしめる。
けれど、それでも不安は消えない。
「それはいいけど……。私が優でいる間は、唯は欠席ってことになるんだよね? 怪しまれないかな……」
「大丈夫。唯のほうは『体調が不安定』ってことにしておくよ」
父はさらりと言うけれど、本当にそれで大丈夫なのかな。
ますます不安になってしまう。
父は楽観的というか、物事を軽く考えすぎるところがある。
そんな姿に、余計に不安が募ってしまう。
「でもさ、もし私が元に戻ったとするよね。
そうなると、私が唯でいるときは優がいなくなるわけでしょ? それも体調不良ってこと?」
元に戻れるのかどうかは分からない。
けれど、そうなると信じて尋ねてみた。
変身については、まだ謎だらけなのだ。
「優は学校が苦手で、家庭教師をつけてるってことにするよ。
それで学校は気分次第。家で勉強することが多い、ということでね」
「気分次第って……ますます怪しまれそうなんだけど」
にこやかに笑う父とは対照的に、私は眉をひそめる。
どうも安易すぎる気がしてならない。
そんな私をよそに、兄は余裕の笑みを浮かべた。
「まあまあ、そんなに心配すんなって。俺もできるだけ優のそばにいるからさ」
その優しいまなざしに、私はふっと見惚れてしまう。
たしかに、そばにいてくれるのは心強い。
それに……何より嬉しい。
兄と一緒にいられると思うだけで、胸が弾む。
――しょうがない。お父さんとお兄ちゃんを信じるか。
もうこうなったら、やるしかない。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。
こういうとこ、やっぱ父ゆずりだな。
「何かあったら頼むよ。学校で頼りにできるのは、お兄ちゃんだけなんだから」
私は兄の制服の裾をきゅっと握った。
「……」
兄は、なぜか黙り込んでしまった。




