第120話 ドキドキの試着室、まさかのサプライズ
店内に入ると、ふわりといい香りが漂い、軽快な音楽が耳に届いた。
私はそっと店内を見まわし、ラックにかけられた服を眺めながらゆっくりと歩き出す。
兄は少し距離をあけて、私のあとを歩いてきた。
立ち止まれば、その足もそっと止まる。
なんだか、こうしていると――まるで恋人同士みたい。
ドキドキ……。
こっそり兄を盗み見ていると、ちょうど視線が重なった。
「な、この服、いいじゃん。唯に似合うよ」
兄が手にしたのは、ワインレッドのセーター。
ふわふわした生地があたたかそうで、肌触りも良さそう。
さりげない模様が大人っぽさを引き立てていて、シンプルだけど印象に残る一枚だった。
素敵!
見た瞬間、一目惚れした。
「それ、いい! 試着してくるね」
私はセーターを受け取り、試着室へ向かった。
セーターに袖を通し、鏡の前に立つ。
……うん、悪くない。というか、すごく似合ってるかも。
なにより、兄が選んでくれたと思うと、それだけで顔がにやけてしまう。
こっそり深呼吸してから、カーテンを開けた。
すぐ目の前に兄がいて、ぱちっと目が合った瞬間、その目が少し大きくなる。
そのままじーっと見つめられて――。
思わず視線を泳がせた。
「ど、どうかな?」
「あ、ああ……いいんじゃないか。それ、買えよ」
「うん……」
お兄ちゃんに褒められちゃった。
もう、ドキドキが止まらない……恥ずかしいよ〜。
なんて、心の中でひとり悶えていると――
「まあ、お似合いですねぇ」
突然、店員さんが現れた。満面の笑みをたたえながら、すっと近づいてくる。
お上品な制服に身を包んだ、スラッとした綺麗なお姉さんだ。
「今、それすごく人気なんですよ。色味も可愛いし……あら? もしかして彼氏さんが選ばれたんですか? いいですね〜」
早口でまくしたてる声に、たじろぐ。
えらくテンションの高い店員さんだな……いかにもな営業スマイルだし。
ていうか、彼氏さん? 今、この人そう言ったよね?
うそ……!
一気に顔が熱くなる。
「可愛い〜! 彼女さん顔赤くなっちゃって。
ねぇ彼氏さん、良いですねぇ〜。……あらやだ、彼氏さんもイケメン! お似合いのお二人ですね〜」
私と兄を見比べながら、店員ははしゃいでいる。
止まらないコメントに、さらに顔が火照っていく。
も、もうお願いだから……やめてぇ……!
「あの、もう大丈夫です」
見かねた兄が、苦笑いしながら店員さんを制した。
「あっ、ごめんなさいっ。私、空気読めてませんでしたよね?
でもほんと、お似合いでしたよ! では失礼します〜!」
ようやく空気を察したのか、店員さんは笑顔のまま、ぺこりと頭を下げて去っていった。
なんだったの、今の……。どっと疲れた。
ていうか、この空気、気まずすぎる。
そっと兄を見ると、困ったような顔をしている。
……たぶん、私と同じ気持ちだ。
ふたりとも黙り込んでしまい、微妙な間が続いた。
その中で、兄がふぅっとため息をついた。
「ちょっと疲れたな。それ買って、どこかで休もうぜ」
「そうだね。じゃあ、着替えるね」
私がカーテンを閉めようとした、そのとき――
「俺が買う」
「え?」
「その服、俺の金で買うから。よこせ」
視線を逸らしたまま、兄が手を差し出す。
え……買ってくれるの!?
めちゃくちゃ動揺したけど、なんとか平静を装って頷いた。
「あ、ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
カーテンを閉じ、素早く元の服に着替える。
そしてセーターを持って試着室を出ると、兄に手渡した。
「はい」
兄は目を合わせずに、無言で頷いた。
その頬は、ほんのりと赤い……ような?
「おまえは、先に外で待ってろ」
そう言い残して、レジの方へ歩いていった。
思いがけない兄からのプレゼント。
嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。
お兄ちゃんからのプレゼント……ゲットだぜーっ!




