第112話 月明かりの下で、泣いた夜
今は、両親とも顔を合わせたくないし、話す気にもなれない。
私は部屋にあったパーカーを羽織り、玄関に転がっていたスニーカーを無造作にひっかけると、そのまま家を飛び出した。
何も考えられない。足だけが勝手に動く。
夜風が冷たく、街灯の光がにじんで見えた。
通りを曲がったのか、まっすぐ歩いたのかすら覚えていない。
どれくらい歩いただろう。
気がつけば、近所の公園に立っていた。
夜の公園は、妙に静かで……不気味な雰囲気が漂う。
でも、不思議と怖いとは思わなかった。
街灯の明かりが闇夜を照らし、暗い空にはまんまるの月が浮かんでいる。
誰もいない。遠くの車の音や風のざわめきも、どこか遠くに感じられた。
いつもの私なら、こんな場所に一人でなんていられない。
でも、今は平気だった。何の感情も沸いてこない。
私は近くのベンチに腰を下ろした。
大きく息を吸い込んで、夜空を仰ぐ。
母の死の真相――私だけが知らなかった。
胸がじんじん痛む。
視界が滲み、一粒の涙が頬を伝っていった。
「はあ……」
大きく息を吐き出した、そのとき。
「唯さん!」
闇を裂くような大きな声が響いた。
街灯の下、息を切らせて走ってくる流斗さんの姿が見える。
「ると、さん?」
駆け寄ってきた彼が私の前で足を止める。
肩で息をしながら、ほっとしたように目を細めた。
「よかった……。まったく、女の子がこんな時間に、一人で危ないでしょう?」
そう言って、ふわりと優しく微笑む。
いつもの笑顔。
それにつられるように、私も少しだけ笑った。
「ふふっ、でも今の私は男です。だから大丈夫」
そう――さっき、優に変身してしまった。
流斗さんが、改めて私の姿を見つめ、はっとしたように目を見開いた。
「一本取られましたね。でも、優くんの姿でもやっぱり危ないですよ。
だって、唯さんは男でも可愛いですから」
流斗さんは軽く笑って、私の隣に腰を下ろした。
しばしの静寂が流れたあと、彼がゆっくりと口を開いた。
「咲夜から連絡があって。唯さんのこと、すごく心配してた。
でも自分では行けないって……僕に頼んできたんです」
お兄ちゃん……。
あの傷ついた顔が、よみがえる。
また、涙がにじんだ。
「唯さんの気の済むまで、お付き合いしますよ」
流斗さんは優しくそう言った。
そして、それ以上何も言わず、ただ隣にいてくれた。
私は、自分の中のぐちゃぐちゃした気持ちをどうにかしたくて、ぽつりぽつりと話し出す。
「……私、もう、わけがわかんなくなっちゃって。
気持ちの整理がつかないんです」
言った途端、こらえていた涙がいっきに溢れた。
声を押し殺そうとしても、嗚咽は止まらない。
堰を切ったみたいに、涙が流れ続けた。
流斗さんがそっと肩を抱き寄せてくれる。
その胸に顔を埋め、私はただ泣き続けた。




