第10話 制服と囁きと、ちょっとドキドキな朝
翌朝――
「とりあえず、これでいいだろう」
兄が差し出してきたのは、中学のときに着ていた学ランだった。
「これ、着るの……?」
不安げに視線を向けると、父も母もにこにこと頷いている。まるで当然だと言わんばかりに。
皆の圧に押され、私はしぶしぶ洗面所へ向かった。
着替えて戻ると、待ってましたとばかりに視線が集まる。
「可愛い~!」
「なかなかの萌え系男子じゃないか」
「いいじゃん、イケてる!」
次々に飛んでくる賛辞。
「ちっとも嬉しくない……」
抵抗の意味を込めてにらみ返す。
鏡に映る自分は、どう見ても学ラン姿の男子生徒。確かに「可愛い男の子」には見える。
私はそっと俯いた。なんで、こんなことに。
ふいに兄が肩を抱き寄せてきた。
「ほら、こうやって並ぶと美男兄弟じゃん! さっすが俺の妹。弟としても最強じゃん」
鏡越しに笑う兄。励ましてくれているのはわかるけど、今の私には受け止めきれない。
「他人事だと思って……」
ため息まじりに呟いたとき、兄が耳元で囁いた。
「大丈夫、唯は可愛いよ」
思わぬ言葉に目を見開き、間近にある兄の顔に心臓が跳ねた。
「ひゃっ……!」
驚いて思わず突き飛ばしてしまう。
「おっと」
兄は少し驚いた顔を浮かべた。その瞳がどこか悲しげに揺れている気がして、胸がわずかに痛む。
でも――そんなはずない。兄が私に突き放されたくらいで落ち込むなんて、ありえない。
「もう、二人ともじゃれ合っちゃって。ほんと仲良しなんだから」
母が微笑みながら寄ってきた。
「兄妹、仲良きことはいいことだ」
父はそう言って、兄の頭をくしゃくしゃに撫でる。
「父さん、やめてよ。もうガキじゃないんだから」
兄は照れたように身を引いた。その仕草が可愛くて、思わず頬が緩む。
――はっ、いけない。油断するとすぐにときめいてしまう。
私は首を振って気を引き締めた。
「あ、僕そろそろ行きますね。今日はちょっと早めに行って、唯のために準備しておかないと」
時計を見ながら父が言った。
「あら、そうなの~? いってらっしゃい」
母がにこやかに応じ、二人は自然にキスを交わす。子どもの前だろうとおかまいなしだ。
慣れているとはいえ、やっぱり少し恥ずかしい。ふと兄と目が合い、慌てて逸らす。しまった、あからさまだったかも。
「行ってきます」
手を振る父を三人で見送った。
「さて、俺たちも準備しないとな。初日から遅刻なんてシャレにならねえしな」
兄が悪戯っぽく笑い、私の頭をぐしゃっと撫でる。
「もう、せっかくセットしたのに、やめてよ!」
私が怒ると、兄は楽しそうに笑った。その笑顔にまた見惚れてしまう。
……こっちの気持ちなんて、全然わかってない。
「……いじわる」
小さく漏れた声は、きっと兄には届いていない。




