第106話 蘭に引っぱられて、ぐるぐる気分
「あ、優くん! 来てたの?」
元気いっぱいの声と一緒に、蘭が駆け寄ってきた。
……と思ったら、目の前で盛大につまずいた。
「わっ」
反射的に腕を伸ばして、なんとか受け止める。
「……っ、優くん」
「ら、羽鳥さん」
あぶない。今、普通に名前で呼ぶところだった。
蘭はそのまま寄りかかるような格好で、上目遣いにじっと見つめてくる。
気まずくて、私は慌てて視線を逸らした。
「羽鳥さん、大丈夫ですか?」
間に入るように流斗さんが声をかけ、やんわりと蘭を引き離してくれる。
すると蘭は不満そうに頬をふくらませ、流斗さんをじろり。
……え、前は憧れてたよね?
その態度、どうなの。
心の中で小さく突っ込む。
気を取り直した蘭は、また私に向き直ってにこっと笑った。
「優くん、もう体調はいいの?」
「え! あ……うん」
曖昧に答えると、彼女の顔が輝いた。
「私のクラス、メイド喫茶やってるの。可愛いメイドさんいっぱいだよ。
リクエストしてくれたら、私もメイド服着ちゃうし。ね、来て?」
そう言うが早いか、ぐいっと私の腕を引っぱる。
困り果てた私は、流斗さんに目で助けを送った。
助けて~って。
けど彼は苦笑いして頭をぽりぽり。そっと“ごめん”のジェスチャー。
……それって、行ってこいってこと?
はあ、もう。しょうがないなあ。
蘭って、一度決めたら絶対引かないんだもん。
見つかっちゃった以上、観念するしかないか。
私はそのまま引きずられていく。
ふと振り返ると、流斗さんが申し訳なさそうに手を上げていた。
さすがの彼でも、彼女の勢いには歯が立たないらしい。
ほんと、蘭のこの勢い。私にも少し分けてほしいよ……。
……なんて思ってる時点で、やっぱり私は変われないんだろうな。
結局、あのあと私は優の姿のまま、蘭に引っ張り回されることになった。
その間、蘭は唯のことには一切触れてこない。
優に会えた嬉しさで、すっかり吹き飛んじゃったのかな。
――薄情だなあ……でも、まあ助かったけど。
流斗さんはあれから姿を見せない。
気を遣ってるのかな。優と蘭を二人きりにしてあげよう、とか?
いや、蘭を怒らすと面倒だから警戒してるのかも。……なんてね。
でも、さっきから妙に視線を感じる気がするんだよな。
まさか流斗さん、影からこっそり見てたりしないよね?
そんなことを思っていると、隣で蘭がはしゃいだ声をあげる。
ほんと楽しそう。自然と頬がゆるむ。
その笑顔を見ていたら、ふと頭に浮かんだ。
お兄ちゃんと、学園祭。
一緒に回りたかったな。
いろんな催し物に参加して、美味しいもの食べて……想像がふくらんでいく。
でも次の瞬間、あの女生徒たちの声が甦る。
「加奈さんと別れた」って噂。……本当なのかな。
「ね、優くん、聞いてる?」
少し棘のある声に、ハッと我に返る。
「ああ、ごめんごめん」
誤魔化すように笑うと、蘭はぷくっと頬をふくらませた。
「もうっ」
その様子がおかしくて、つい笑ってしまう。
さっきまで胸に渦巻いてたモヤモヤが、少しだけやわらいだ気がした。
やっぱり蘭といると癒される。
さすが親友。ありがとね、蘭。
――そのあとも、私はしっかり蘭に振り回されることになった。




