プロローグ
お風呂からあがった私は、喉の渇きを感じてキッチンへと向かった。
冷たい水を飲もうとしたとき、ふと見たいテレビがあったことを思い出す。
コップを片手に持ったまま、リビングの方へと歩き出した。
けれど――途中で、何かにつまずいた。
しまった! またやってしまった。
私は昔から、こういうおっちょこちょいな失敗が多い。
転ぶ衝撃に備え、ぎゅっと目を閉じた瞬間、誰かにしっかりと抱きとめられた。
伝わる感触。包み込むような温もり。
それから、この匂い……。
そっと、その人物へと視線を移す。
「あっぶねえなあ。ほんと、唯はそそっかしいんだから」
私を見つめるその瞳は優しくて、口元にはどこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
さらさらの髪から覗く切れ長の瞳。
整った鼻筋と、薄くて綺麗な形をした唇。
まるでモデルのように整った顔立ちとスタイルを持つ彼の名は――
川野咲夜。
「俺の妹とは思えないよな。俺、運動神経いいし」
ニヤリと笑うその瞳は、まるで子どものように澄んでいて。
無邪気なその微笑みに、つい見惚れてしまう。
はっ、と気づき、慌てて視線を逸らした。
ダメよ、こんなの……!
咲夜は私のお兄ちゃん。
まあ、義理の兄なんだけど。
小さい頃にお互いの親同士が再婚して、私たちは兄妹になった。
至近距離に迫る端正な顔。
心臓がドクンと跳ね上がる。
あ〜もう、ドキドキうるさい!
お願いだから鳴り止んで、私の心臓。
そう思えば思うほど、鼓動はますます激しくなる。
「どうした? 顔赤いけど、大丈夫か?」
さらに顔が近づいてきて――
も、もうダメ! 心臓がもたない……!
そう思った矢先、兄は突然目を大きく見開き、私の前からぱっと飛び退いた。
「お、おまえ、どうした!? え? 唯……だよな」
目を丸くした兄は、じっと私を凝視している。
え? 急にどうしたの?
わけがわからず、見返した。
「ちょっと来い!」
兄は私の手をつかみ、鏡の前へと引っ張っていく。
鏡を覗き込み、思わず息を呑む。
そこに映っていたのは――
「え? ……誰?」
鏡に映るのは、知らない男の子。
私が近づけば、その子も近づく。
動けば、その子も同じように動く。
ちょ、ちょっと待って。
これって……。
じっくりと鏡の中を見つめて、叫ぶ。
「わ、私ーーー!?」
驚きで固まった私の隣で、兄はただ呆然と見つめていた。




