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Gal Monk  作者: Futahiro Tada
5/10

“好き”と“救い”のあいだで

 自宅――。

 自室で俺は、パソコンを立ち上げる。

 このパソコンの中には、お経が入っている。

 どういうわけか、俺はそのお経が聞きなくなった。

 そして、お経を垂れ流しにする。

 すると、部屋のトビラがドンドンと荒くノックされた。

「はい、開いてるよ」

「悠真! あんた何聞いてんの??」

 その声は陽菜だった。

 こんな時にキンキンとした声を出されて、俺は、うんざりする。

「何って正信念仏偈っていうお経」

「なんでお経なんて聞いてるの、怖いじゃないの」

「イヤ、知り合いが僧侶目指しているんだよ。それで俺も聞いてみただけ。大した意味はない」

「知り合いって誰?」

「知り合いは知り合いだよ」

「まさかだと思うけど、この間一緒にいた女の人なんじゃ」

 陽菜は時折鋭い勘を見せる。

 女の勘とはすさまじい。

「だったらどうなんだ?」

「やっぱり。か、彼女なわけ?」

「違うよ、ただの友達だよ」

「ただの友達に、お経なんて勧めないわよ。悠真はどう思ってるの? その人のこと?」

「美沙のことを……、どうって、ホントただの友達だよ」

「ホントにそれだけ?」

「うん、まぁ一緒にいて楽しいっていうか、協力したいって気持ちはあるけどさ。そんなもんだよ」

「バカ!」

 と、途端陽菜が吼えた。

 そして、持っていたマンガ本を俺に投げつける。

「な、何で怒るんだよ」

「それって好きってことじゃん! 悠真のバカ! フラれて死ねぇ!!!」

 と、言い残し、陽菜は消えていった。

 あいつ、何キレてんだ。

 ホント、思春期の女子の考えることはわからん。

 だけど……。

 俺が、美沙を好き?

 そんなバカな話があるか。

 だって、俺はあいつの友達で、ただ仏教を広めるための協力をしているだけで。

 その日から、俺は悶々とした気持ちのまま、美沙に接するようになった。


 月曜日――。

 俺と美沙は、新聞部の部長、鈴奈さんに呼ばれ、新聞部の部室にいた。

「人生相談。よかったよ。相談者に回答を送ったら、喜ばれたよ。ホント、君たちはスゴイ」

 どうやら、あの質問を送った相談者は、回答に満足してくれたらしい。

 これはまぁよかったんだけど。

「今週の親鸞聖人の言葉も準備してあるのかな?」

 すると、美沙が答える。

「今日中に、悠真君に送ってもらいます。だから心配しないでください」

「うん、待ってるよ。先生たちの間でも、親鸞さんの言葉のコーナーは人気なんだ。この調子で頑張ってよ」

「はい!」

 美沙はやる気に満ちている。 

 いい傾向なんだろう。

 この子は俺がお見舞いに行ってから、何だか元気になったような気がするよ。

 俺たちは部室を出て、屋上に向かった。

 そこで、いつのとおり話をする。

「んで、今週はどんな言葉を載せるんだ?」

 と、俺は軽くジャブをかます。

 すると美沙は、意気揚々と答える。


『悪性さらにやめがたし  

こころは蛇蝎のごとくなり  

修善も雑毒なるゆゑに  

虚仮の行とぞなづけたる』


いつのとおり、俺にはわけがわからない。

すると美沙が現代語訳を告げる。

「これはね、悪い本性はなかなか変わらないって言ってる言葉ね」

「悪い本性か……。まぁ、そうかもね」

「悪い本性っていうのは、なかなか変わらないし、それは、蛇やサソリみたいなものなの。だからね、たとえどんなにいいことをしたとしても、煩悩の毒が混じっているので、それは偽りよって意味ね」

「何か救いがないな。いいことしてるのに、煩悩っていうなんて」

「いい? 煩悩の毒っていうのは、自己中心的な生き方のことを指すのよ。例えば、あたしたちは、心の中で色んな人を、いい人、悪い人、嫌な人と、当てはめているわ。それはあんただってわかるでしょ?」

「まぁ、そうかもね、それが人ってもんだと思うけど」

「そう、だけどね、それは巡りめぐって自分を守るためなのよ」

「自分を守る?」

「えぇ、あたしたちは、自分の考える枠の中に、他人を当てはめて考える。でも、少しでもその枠から外れると、とんでもない想いを心に抱いて人を傷つけるケースだってある。だけど、それが人の姿なの。そして、親鸞聖人は、そんな人の心を見事に見抜いている」

「そういうもんかね……」

「そう、あたしたちは、阿弥陀さまの姿を鏡にするべきね」

「阿弥陀さまねぇ、そんなの誰にでもできるわけじゃないと思うけど……」

「だからよ」

「だから?」

「そう、だから親鸞聖人は言ったの。煩悩の毒に冒され、自己中心的な生き方しかできないと、常に思い続ける必要があるとね。そうすれば、人にもっと優しくできる、自己中心的な生き方を改められる。あたしはこの言葉から、そんな教えを聞いたような気がするわ」

「流石親鸞聖人ってことか……。確かに、俺たちは自己中心的だよ。それが正しいと思っている。でも、それを受け入れ、気づく姿勢が重要なんだな?」

「そういう話。ためになるでしょ?」

 今日もまた一つ勉強になる。

 俺は少しずつだけど、親鸞聖人という僧侶に惹かれつつあった。

 今までの俺なら、こんな言葉をささやかれても、きっと無視していたと思う。

 でも、ひたむきな美沙の姿勢を見ていると、どういうわけか応援したくなるのだ。

「それじゃ、後でパソコンで打ち込んで、新聞部に送信しておくよ」

「うん。そうしておいて。少しずつ、親鸞聖人の教えを広めていっているような気がするわ」

 俺たちはその後、軽く雑談をして、そのまま帰ることにした。

「途中まで一緒に帰ってもいいけど」

 と、澄ました感じで美沙は言ってきた。

 俺たちは途中まで帰り道が一緒だ。

 だから、一緒に帰るのは問題ない。

 だけど、今日はその別れ際、ある人物が俺の前に現れたのだ。


「榊原君!」

 美沙と別れ、俺が歩いていると、不意に後ろから声が響いた。

 くるっと振り返ると、そこには佐伯さんが立っていた。

 走ってきたのか、肩で息をしているようだった。

 佐伯さんは、地味な印象があるけれど、人懐っこい印象があって、可愛らしい女の子だ。

 どことなく、メガネの奥が光っているような気がする。

 そう言えば、前も一度声をかけられたよな?

「佐伯さん? どうしたの、こんなところで?」

「あの、ちょっといいですか?」

「別にいいけど」

「実はその、私の父が映画関係の仕事をしていて、無料のチケットがあるんです。よかったら一緒に行きませんか?」

「へ?」

 俺は面を食らう。

 佐伯さんは今何て言った?

 俺の耳がおかしくなければ、映画に誘ってきた。

 これは間違いないよね。

 でもどうして俺??

「俺なんかより、友達と行った方が楽しいんじゃない?」

 俺がそう言うと、佐伯さんはキュッと握りこぶしを作って、

「私、榊原君と仲良くなりたくて……、だから、一緒に来てください」

 こう言う時、どう反応すればいいんだろう?

 俺は、相手を傷つけなくなかった。

 親鸞聖人の言葉。

 人は自己中心的な面がある。

 確かにその通りなのかもしれない……。

「わかった。いいよ。行こう」

 と、俺は言った。

 この選択が、後々大きな問題になると知らずにね……。


 自宅――。

 俺は佐伯さんとラインの連絡先を交換し、日曜日に映画に行くと連絡を取った。

 思えば――。

 これはデートになるんだろうか?

 過去、美沙と一緒に音楽プレーヤーを買いに行ったが、あれはデートとは違うだろう。

 となると、俺は初めてデートするわけだ。

 中学生の時は、彼女なんていなかったし、女の子の友達もいなかった。

 だから、異性とどこかに一緒に行くなんて経験はなかったんだよね。

 佐伯さん……。

 どうして、俺なんだろう??

 その理由はよくわかっている。

 俺は多少鈍感なところがあるけれど、ここまで露骨に態度を示されると、気づかざるを得ない。

 つまり、佐伯さんは俺に好意を持っている。

 まぁ、俺の勘違いかもしれない。

 もしかすると、本当に映画のチケットが余っているだけで、俺を誘っただけかもしれないからだ。

 だけど……。

 そんなに関係のない人間を誘うだろうか?

 俺が佐伯さんの立場だったら、誰を誘うかな?

 多分、普通に友達を誘うだろう。

 少なくとも、話した経験のない人は誘わない。

 だけど、彼女は俺を選んでくれた。

 服とか買った方がいいのかな?

 そもそも、デートのための服とか持っていない。

 夏だから、ジーパンにTシャツでいいのかな?

 イヤ、ラフすぎるか?

 せめてシャツくらい羽織ったいいかもしれない。

 俺は、新潟のラブラ万代という商業施設へ行き、GUで服を買った。

 自分で服を買うなんて。

 とんでもない進化のように思えた。

 とりあえず、マネキンが来ているものをそのままそっくり購入してきた。

 ファストファッションは、一つのコーデを丸ごと購入しても、三千円くらいだ。

 だからね、俺でも問題なく購入できるってわけ。

 自宅に戻ると、陽菜がリビングでアニメを見ていた。

 本当にオタクなヤツだな。

「ただいま」

「ん。悠真どこ行ってたの?」

「ラブラ万代」

「な! なんで悠真がそんなところに??」

「服買いに行ったんだよ」

「服ぅ? 何でよ、お母さんに買ってもらってるくせに」

「いいだろ。俺だって服くらい買うよ」

「ま、まさかデートのためとか?」

 鋭い。

 だが本当なので、一瞬俺は反応が遅れた。

 それに陽菜は敏感だ。

「ホントにデートなんだ。なんだっけ美沙さんだっけ? あの人と行くの?」

「違うよ。それにデートじゃ」

「な、なぁ、まさか他にも女がいるの?」

「だから、誤解だ。ただ、一緒に映画行くだけだよ」

「それってデートじゃん! バカ悠真! どうせあんたなんて、無様な姿を見られて嫌われるだけよ。あんまり調子に乗らないことね」

 陽菜は女の話になると、とにかく食いついてくる。

 とりあえずこんな時は逃げた方がいいだろう。

 俺は自室戻った。

 嬉しいのかな?

 イヤ、あんまり嬉しくない。

 なぜだろう?

 正直には喜べないのだ……。

 ホントに恋愛って不思議だよね。


 日曜日――。

 待ち合わせは午後一時。

 新潟の万代には、TJOYという映画館がある。

 俺たちはそこに行くのだ。

 佐伯さんは、バスでやってくるらしいから、俺たちは万代にあるバスセンターという場所で待ち合わせをする。

 俺は一応待ち合わせ時間の十分前にやってきて、待っていた。

 一時五分前。

 佐伯さんがやってきた。

 いつもは制服だけど、今日は私服だ。

 チャームポイントの細フレームのメガネ。

そして、白のロング丈のワンピースに、カーディガンを羽織っている。

 なんといか、フェミニンさを感じるスタイルだ。

 対する俺は、GUで購入したシャツに、色落ち加工がされたジーンズ、スニーカーはコンバースを選んだ。

というかそれしか持っていない。

「ゴメンなさい、待ちましたか?」

 と、申し訳なさそうに佐伯さんは言う。

 俺はたいして待っていない。

「いや、待ってないよ。来たばかりだけど」

「それならよかったです。じゃあ行きましょう」

「うん」

 バスセンターからTJOYまでは徒歩で五分くらい。

 つまり、すぐなのだ。

「何の映画見たいですか? 何でも選べるんです」

「う~ん、少し調べたんだけど、こんなのはどうかな?」

 俺は一応下調べしてきた。

 その上で、泣けると話題になっている人気の小説を原作にした映画を提案した。

 すると、佐伯さんは、

「それ、私も見たいです。じゃあそれにしましょう」

 俺たちはその映画を見た。

 本当に映画のチケットがあるらしく、無料になった。

 ただ、緊張でがちがちになっていた。

 何を話せばいいんだろう?

 とりあえず映画を見ている時は無言でもいいだろう。 

 でもさ、それが終わったら話さないとならない。

 あぁ、ホントに緊張するよ……。

 映画は二時間。

 それが終わると、三時半くらいになっていた。

 これでお別れってわけにはいかないから、俺たちは近くにあったカフェに入り、そこで談笑したんだよね。

「面白かったですね」

「うん、どんでん返し系の作品だったんだね。佐伯さんはこの小説知ってた?」

「はい。一応読んでます。榊原君は?」

「俺は未読。本とかあまり読まないから」

「よ、よかったら今度貸しましょうか? 読みやすいし、読書になれていない人でも楽しめます」

「え、でも悪いし……」

「そんなことないです。私、榊原君と本について話せたら嬉しいです」

「ありがとう。じゃあ今度貸してもらおうかな。そういえば、佐伯さんは図書委員だよね? やっぱり本とか好きなの?」

「はい、好きです。色んな世界が見えるから。古典には古典の世界が見えますし、SFには未来の世界が見えます。だから楽しいんです」

 そういうもんかな。

 俺は、本を読まないけれど、少しだけ興味が湧いた。

「あの、今度学校で話かけてもいいですか?」

「え? あぁまぁいいけど」

「迷惑じゃないですか?」

「迷惑なんかじゃ」

「私、榊原君と仲良くなりたい。だから本も貸します。また、一緒に遊んでくださいね」

「うん」

 俺たちはそんな風にして話し合い、再びバスセンターに向かった。

 その時、俺は最悪の邂逅を果たすのだ。

 そう、美沙とバッタリ会ってしまうのである。


「あ、悠真、それに、佐伯さんも……」

「えっと、これはだな、その……」

 俺、慌てる。

 何というタイミングで会ってしまうのだろうか。

 俺が慌てていると、それを遮るように佐伯さんが言った。

「で、デートしてるんです」

 その言葉に、美沙の眉間がぴくっと動く。

「ふ、ふ~ん、あんた、恋人いたんだ」

 と、美沙の言葉が俺に刺さる。

「いや、俺たちは付き合ってるわけじゃないんだ。ただ、映画に一緒に来ただけで」

「そう。まぁいいわ。あたしも用事あるから、それじゃね」

 美沙はどこか寂しそうな顔をしている。

 どうして?

 なんでそんな顔するんだよ。

 美沙はそのまま去っていった。 

 何というか、後味の悪い空気が流れる。

「榊原君って、知立さんと付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。ただ、少し話をするだけで」

「そうなんですか。なら、私にもチャンスありますよね?」

 と、ぼそりと佐伯さんは言った。

 チャンス……。

 やはり佐伯さんは俺のことが。

 これは傲慢だろうか?

 俺は今、女の子に好意を寄せられている。

 だけど、どうすればいいんだろう。

 誰でもいいよ。答えを教えてほしい。

 

 夕方――。

 俺たちはバスセンターで別れた。

 別れ際、佐伯さんは何度も俺にお礼を言っていた。

 確かにいい子なんだろうけど。

 そう、俺にはもったいないくらいのね。

 自宅の戻り、俺はベッドの上で横になった。

 どっと疲れが出た感じだ。

 今日はとにかく疲労した。

 このまま眠ってしまいたい。

 けど……。

 目を閉じると、あの時の美沙の顔が蘇る。

 とても寂しそうな顔をしていた。

 あんな顔の美沙を見るのは、もしかすると初めてかもしれない。

 イヤ……。

 一度見ている。

 あれは確か、美沙が学校を休んだ前の日だ。

 あの時も、こんな風な顔をしていた。

 俺が何をしたというのだろう。

 美沙の気持ちがよくわからない。

 夜、佐伯さんから連絡がきて、俺たちはしばらく話をする。

 今日の映画の話。

 テレビの話。

 学校の話。

 色々話していくと、佐伯さんが最後に言ってきた。

「あの、榊原君って嫌いな食べ物とかありますか?」

「イヤないけど」

「そうですか、ならよかったです」

 何がよかったのかわからなかったけれど、俺たちはそのまま連絡を切った――。

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