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Gal Monk  作者: Futahiro Tada
2/10

善人も悪人も、夢を見る

 ???

 またわけのわからない言葉が出た。

 このギャル系の女の子は、時折ギャルが絶対に言わないような言葉を口走る。

「今なんて?」

「親鸞聖人の言葉よ。意味はわかる?」

 わかるわけない。

 日本語だというのはかろうじてわかるが……。

「ゴメン。わかんないよ」

「そうよね、あんた勉強できないっていう悩みだもんね。でも安心しなさい。今言ったのね、こういう意味なの。我欲にとらわれてばかりで、仏さまのような智慧と慈悲をそなえたまなこはあたしたちにはないいけれど、心配しなくていいの。我執に充ちたと気づいたとき、苦海の闇で惑うあたしたちを、阿弥陀さまの願いの船が、必ずあたしを乗せて浄土へみちびいてくれるの。それはまるで、暗闇にともる灯台の灯火あかりのようにね」

 なんとく名言だ。

 親鸞聖人っていう人は偉い人だけに、心にしみる言葉が多いようだよ。

「つまりね、勉強ができないって悩む必要はないの。仏さまはきっとあんたを導いてくれるわ。それにね、あんたちゃんと勉強してる?」

「いや、そんなには、してないけど」

「でしょ。中高生の勉強ができないっていうのは、大抵勉強不足が原因なの。だからね、しっかりと一日一時間と決めたら、その時間はしっかり勉強する。それだけで、結構効果があるはずだから」

「それができれば苦労しないよ。勉強するのが面倒なんだ」

 すると、知立さんはムッとした表情を浮かべた。

「あんた、あたしの説法を踏みにじるのね」

「え? せっぽうって?」

「はぁ、あんたそんなのも知らないの、これは重症ね。説法っていうのは、仏教の教えを説き聞かせるって意味よ。覚えておきなさい。それに、あたしがありがたい説法を聞かせてあげたんだから、感謝しなさいよね」

 感謝すると言っても、向こうから勝手に言ってきたのだ。

 全く、面倒な女の子だな……。

「あのさ、具体的に俺は何をすればいいの? 助手なんでしょ?」

「そうね、まずはこの学校に浄土真宗の教えを広めたいわね」

「ちょっと待ってくれ、信仰は自由だよ、強要するのはよくない、それにさ、何も知らない人に浄土真宗どうですかって言っても、振り向いてもらえないよ」

「むぅ、まぁ、確かにそうよね。教えを広めるのは難しいわ。だけど誰かがしないと」

「例えば、新聞部に頼んで親鸞聖人のありがたい言葉を毎回一つずつ紹介していったらどうだろう? 校内新聞は読む人も多いし、結構効果あると思うけど」

「あんた、意外といいこと言うじゃないの。そうしましょう。じゃあ、新聞部に頼んで」

「え? それって俺がするの?」

「そうよ。だって助手なんだから。そのくらいしても当然でしょ」

「まぁいいけど。あのさ、俺にメリットはあるの? 何かいいように使われて終わりのような気がするけど」

「心配する必要はないわ。なぜなら、あんたはこれからありがたい浄土真宗の教えを、イヤというほど聞けるんだから。これがメリットじゃなくてなんていうのよ」

 それは、本当に俺のメリットになるだろうか?

 浄土真宗に興味がある方なら、確かにメリットになるかもしれない。

 だけど、俺は仏教には興味ないんだ。

 全くね……。

「とりあえず、新聞部に話を通しておいて。あたしはどんな言葉を載せるか考えておくおから。う~ん、そうだ、これから毎日、会議しましょ。放課後暇でしょ?」

「まぁ、暇だけど」

「なら、付き合いなさい。放課後、屋上で会議。これ決定だから」

 断る権利はないらしい。

 これじゃまるで奴隷だ。

「それじゃ、後宜しく。ちゃんと新聞部に話を通しておくのよ。もしもサボったら、どうなるかわかってるわよね?」

「? ちなみにどうなるの?」

「あんたに屋上でひどいことされって言いふらす。いいわね?」

 それは困る。

 大いにね。

 たとえ嘘だとわかっても、与えるダメージが大きすぎるんだよ。

 俺が仕方なく頷くと、知立さんは颯爽と消えていった。

 何も言わず、立っているだけなら美少女なのに。

 だけど、美少女は結構クセがあるらしい。

 俺は今日の一件でそれがよくわかったよ。


 本来なら帰宅する予定だ。

 だけど、これから新聞部に行かないとならない。

 正直面倒だ。

 それに、入学したばかりだから、新聞部に知り合いがいるわけではない。

 だけど、やらないと……。

 そうしないと、人生が終わってしまうかもしれない。

 俺の学校は、文化部の部活動が集まる文化棟という建物がある。

そこに新聞部はあるらしかった。

 とりあえず、俺は新聞部のトビラを叩く。

「なにぃぃーコラムを載せてほしいだってぇ」

 新聞部の部長さんは、女の子だった。

 それも結構可愛い。

 ブレザーは着用せずカーディガンにスカートという装いである。

 ただ、背が結構低い。

 部長さんだから、年上のはずだけど、ショートカットだから妹みたいに見える。

「君、名前は?」

「俺は、榊原悠真です。えっと、一年生です」

「新聞部に入りたいわけ?」

「いえ? そういうわけじゃないんですけど」

「じゃあ、どうしてコラムを?」

 色々説明が面倒である。

 だが、浄土真宗を広めると言わないと、話が進まない気がする。

「あの、親鸞聖人って知っていますか?」

 と、俺は軽くジャブをかます。

 すると、部長さんは、

「は? 何言ってるの?」

「ですよね。親鸞聖人っていうのは、仏教の宗派の一つ、浄土真宗の宗祖です。ありがたい言葉をたくさん持ってまして、それを新聞部のコラムにして毎回載せてほしいんです」

「例えばどんな言葉が有名なの?」

 俺が知っているのは、今日聞いた言葉だけだ。

 覚えていたから、俺はそれを話す。

 すると、部長さんの目が変わっていく。

「うん、面白いかも。いいよ。そのコラム載せてあげるよ。評判がよかったら連載にしてもいいね。僕ね、この校内新聞に、朝日新聞の天声人語みたいなコーナーがあればいいのになって思ってたんだ」

 この部長さんは、ボク少女らしい。

 可愛いルックスをしているから、この点のギャップが堪らない。

「じゃあ、とりあえず、また明日伺います。実は、詳しい人がいるんです」

「ふむ、そうなの。なら、その人を連れてきて話をしようか。それで、話がまとまったら今週号に試しに掲載するから。それでいいかな?」

「ありがとうございます。助かります。それじゃまた明日」

「あ、待って、えっと榊原君。僕、小森谷鈴奈。三年A組、一応連絡先教えてくれる」

「わかりました」

 俺たちはラインの連絡先を教え合い、それで別れた。

 出だしは順調!

 後は進むだけだ。

 まぁ、気分はあまりのならないけどね……。


 自宅――。

 俺の家は四人家族だ。


・父

・母

・妹

 

以上。

 父親は鉄道会社で働いて、母親は近所のスーパーでパートをしている。

 んで、

 妹は中学三年生。 

 つまり、俺とは年子なんだよね。

 まぁ、家族紹介はそのくらいにして。

 俺が帰宅すると、すでに母親が夕食の準備をしていた。

「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったのね」

「あ、うん。ちょっと色々あって」

 新聞部に行ったから、その分帰りが遅くなってしまったのである。

「ねぇ、母さん、一ついい?」

「何?」

「あのさ、家の宗派ってなに?」

「は?」

 母はキョトンとしている。

 そして、調理する手を止めて、俺を見つめる。

「宗派って仏教の?」

「そう、家の宗派って何?」

「ええと、確か浄土真宗じゃなかったかしら。でも悠真、どうしてそんなこと聞くの?」

「いや、ただ気になって。そうか、浄土真宗なのか」

「そうよ」

「確か親鸞聖人が宗祖なんでしょ?」

「う~ん、お母さん、仏教は全然知らないわ。そうなの?」

「確か、そうだったはず」

「えっと、歎異抄たんにしょうっていったかしら、親鸞聖人の教えが書いてある本って?」

「え? 何それ?」

 俺、困惑。

 たんにしょう?

 初めて聞く本の名前だ。

「お母さんも詳しくないんだけど、確か日本の古い仏教書だったような気がするんだけど。ほらちょっと前に、【歎異抄をひらく】って本が流行ったでしょ?」

「わかんないよ。そうなんだ。歎異抄ね、ありがとう」

 俺はそれだけ言って自室に下がった。

 そして、スマホを片手に歎異抄と調べてみる。

 すると、いくつか説明するサイトが出てきた。

 厳密に言うと、歎異抄の作者はわかっていない。

 それに、親鸞聖人が書いたものではないようだった。

 簡単に説明しておくよ。

 歎異抄とは、鎌倉時代の後期に書かれた、日本の仏教書の一つだ。

 作者は親鸞聖人の弟子である、唯円ゆいねんという人らしい。ただ、これも曖昧な部分が多く、謎に包まれているようだった。

 一番有名な文章は――。


『善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや』


 であるらしい。

 これは、善人さえ助かるのだから悪人はなおさら助かるという意味になる。

 は?

 なんでだよ??

 普通悪人よりも、善人が助かるのが普通だろ。

 なのに、親鸞聖人は全く別の言葉を言っている。

 ホントに謎が多い人だよ。

 全くね。


 翌日――。

 普通に起きて学校へ向かう。

 正直、足が重いよ。

 何しろ、知立さんに昨日のことを説明しないとならない。

 一応、新聞部に掲載の了承は得ている。

 だから、問題はないんだけど、何というか気が重いんだ。

 学校に着くと、まだ知立さんは登校していなかった。

 俺が、席で座ってぼんやりとしていると、後ろから声が聞こえた。

「榊原! ちょっと」

 その声は知立さんだった。

 朝からキンキンと高い声。

 元気な人だ。

「何?」

「あんた助手でしょ。昨日の話よ」

「あぁ。それなら、大丈夫。ちゃんと新聞部にOKを取ったから、それで、今日の放課後一緒に新聞部に来てほしいんだけど」

「へ? そうなの。なぁんだ、ちゃんとしてくれたんだ。心配して損しちゃったわよ」

「君がやれって言ったんだろ。だからだよ」

「そ。じゃあ、放課後よろしくね」

 そう言うと、知立さんは自分の席に戻り、カセットウォークマンを耳にはめて何やら効き始めた。

 また、お経なのかな?

 まぁどうでもいいんだけど……。


 放課後――。

「榊原、行くわよ」

 と、俺の後ろにやる気満々の知立さんが立っていた。

「あぁ、わかったよ」

 俺たちは二人で新聞部に向かう。

 新聞部に向かうと、かなりたくさんの部員たちが忙しそうに作業していた。

 俺は、出版社の編集部ってよく知らないけど、こんな感じなのかな? って何となく思ったよ。

 俺たちが入ると、鈴奈さんが立ち上がり、手招きした。

「お、来たのね。えっと、確か……」

「榊原です」

「そう榊原君。それで、隣の子は?」

「私は知立美沙です。今日はよろしくお願いします」

 なんだ、この変身は?

 俺と全然態度が違う。

「こっちに来て、えっと、親鸞聖人の教えだよね? 一応編集後記の隣に載せようと思うんだけど」

 と、鈴奈さん。

 それを受けて知立さんも答える。

「ホントですか? 嬉しいです。それでいくつか候補を持ってきたんですけど、いいですか?」

「うん、言ってみて」

「例えばこんなのはどうですか?」

 知立さんは、真剣な声で言い始めた。


『無明長夜の灯炬なり 智眼くらしとかなしむな 生死大海の船筏なり 罪障おもしとなげかざれ』


 ?

 また、わけのわからない言葉だ。

 多分、鈴奈さんも同じことを考えているだろう。

 目がキョトンとしている。

「それ。どういう意味?」

 当然の疑問をはく鈴奈さん。

 すると、知立さんは嬉々としながら、

「えっと、これはですね。私たちは我欲にとらわれていますよね? そして、仏様のような智慧や慈悲も持っていない。でも心配しなくて大丈夫です。我欲に満ちた自分に気づいた時、私たちは暗闇の海を漂っている状態なんです。でも、阿弥陀さまの願いの船がやって来て、私たちを乗せて浄土に導いてくれる。……って意味です。つまり、我欲に気づけば、阿弥陀さまが救って下さるってことですね」

 俺は、ぼんやりと聞いていた。

 この子、ホントに親鸞聖人を崇拝しているんだなぁ。

 と、そんな風に思った。

 一瞬、時が止まったかのように静まり返る。

 忙しく動いていた部員たちも、皆知立さんの言葉を聞いていた。

 そんな中、鈴奈さんが口を開く。

「す、すごい」

「え?」

「すごいよ、えっと、知立さんだっけ。僕はそういうのを待っていたんだ。即採用! これから毎週載せるからね。校内新聞は金曜日発行だから、今度から月曜日に締め切りにしようか? 毎週月曜日、ここにその、仏教の教えを書いて持ってきてね。できれば、データの方がいいけど、面倒だった手書きでもいいよ」

「は、はい! お願いします!!」

 知立さんは感動しているようだった。

 とりあえず、俺もホッとする。

 役目は果たせたようだ。

 俺たちは、毎週月曜日に一本教えを載せる形で承諾を得た。

 浄土真宗の教えを広めるための第一歩はこれで成功だろう。


 屋上――。

「よかったじゃん。知立さん」

「うん。そうね」

「じゃあ、俺の役目は終わりだね。まぁ頑張ってよ、毎週月曜日に原稿を届ければいいだけだから」

「ちょっと待って。あんた、何言ってんの?」

「何って、俺の役目は終わりでしょ?」

「バカ! 新聞部の部長さんは原稿をデータで持ってきてほしいって言っていたわ。それてどういうこと?」

「えっと、そのままの意味だよ。手書きで書くんじゃなくて、スマホとかパソコン使って、データで保存すればいいんだよ」

 すると、知立さんは困った顔を浮かべた。何か焦っているようにも感じる」

「あたし、パソコンもってないわ」

「じゃあ、スマホで書いてラインとかメールで送れば」

「す、スマホも持っていないもん」

「え?」

 これは意外だった。

 今の時代、小学生でもスマホを持っている。

 それに、このギャル系の容姿をしている知立さんが、スマホを持っていないというのは驚きだよね。

「パパが許してくれないの」

「スマホないの?」

「ない。あ、今バカにしたでしょ?」

 すると、知立さんはキッと俺を睨みつける。

「イヤ、バカにはしないよ。スマホ持っていない高校生がいても不思議じゃないよ」

「ふん! あたしはアナログなの。あんた、助手なんだから、その、データにしてよ」

「まぁいいけどさ。それが学校のパソコン使えば。そこから新聞部のアドレスに送信すればいいと思うけど」

「むぅ。そ、そういうのよくわかんないの。だからあんたやりなさい。あたしがありがたい言葉を聞かせるから、それをデータにするのはあんたの仕事よ」

「えぇぇぇえええ。面倒だなぁ、なんでそんなことしなくちゃならないんだよ」

「もしも、断ったらどうなるかわかるわよね?」

 と、知立さんは蠱惑的な笑みを浮かべる。

 多分――。


①大声を出される。

 ②先生がやってくる

 ③俺、尋問される

 ④人生終わる


 こんな風になってしまうかもしれない。

 どうやら、彼女に付き合うしかないようである。

「わかったよ。やるよ。じゃあ手書きでいいから、原稿を持ってきて。そして俺が、それをデータにするから」

「ホントね?」

「ホントだよ、嘘をつかない」

「ふん! 助手なんだからそのくらい当然よね」

「あのさ、歎異抄だっけ、少し調べたんだけど」

 すると、知立さんは意外そうな顔をした。

「へぇ、あんたが歎異抄を。いい心がけじゃないの」

「でもさ、気になることがあって」

「何よ?」

「親鸞聖人は、悪人でも救われる道があるって言っているよね?」

「そうよ。こんな名言があるわ」


『善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや』


 俺が調べた親鸞聖人の名言と同じだ。

 だけど、俺は気になるんだよね。

 この名言、何か悪魔的なんだ。

「あんた、この意味わかる?」

「うん。善人さえ助かるんだから、悪人は余計に助かるって意味でしょ?」

「ほぇ。なんだ知ってるんじゃん。そうよ、親鸞聖人は悪人だって助かる道があると教えているの」

「そこが問題なんだ」

 と、俺は強く言った。

 対する知立さんは驚いた顔を浮かべる。

「問題って何よ?」

「悪人がみんな助かるなら、じゃあ、罪を犯してもいいってことになるじゃないか。それって変だよ」

「……」

 知立さん黙る。

 俺はしばらく様子を伺う。

 すると、知立さんは呆れたような顔をした。アイドルみたいなルックスがみるみる歪んでいく。

「はぁ、あんたバカぁ」

 と、知立さんは、某有名アニメキャラとそっくりなセリフを放った。

「どうせ俺はバカだよ」

「ふん! せっかくだから教えてあげる。親鸞聖人の悪人を救うっていうのはね、『悪人正機』っていう浄土真宗の教義の中でも、重要な意味を持つ思想の一つなの。でもね、そのままの意味を受けとると痛い目を見るわ。いい? 私たちは、煩悩を抱えた悪人と定義することができる。だけどね、自分は悪人だって自覚したものこそ、阿弥陀如来の救いがあると親鸞聖人は告げているの。つまりね、罪を犯したのなら、その罪を受け入れ、悪人だと自覚する必要がある。ええと、だから、悪人であると気づかないとならないの。ここが注意すべき点ね。これを勘違いしている人が結構いて、そういう人はろくな生き方ができないわ」

「すべての人間は悪人なの?」

「そうよ、この世のすべての人間は、生まれながらにして罪を背負っている。そして、末法濁世を生きる煩悩具足の凡夫たる『悪人』と言えるわ」

「まっぽうじょくせ?」

「えっと、時代社会が同時に濁ってしまい、行き先が見えないって意味よ。だから人は煩悩に焼かれ罪を犯すの。そして、その罪を認める必要がある。そういう話」

「そ、そうなんだ。それは知らなかったよ」

「これからあたしがありがたい話をどんどんあんたに教えてあげる。だから、心配しなくていいわよ。でもあたしの言うことを聞くこと、いいわね?」

「わかったよ。協力はするよ。知立さんは、浄土真宗の教えを広めたいわけだよね」

「そうよ」

 意志は固いようである。

 何となくだけど、俺はこの子に興味を持ち始めた。

 なぜ、こんなギャルっぽい女の子が仏教なのか?

 なぜ、浄土真宗の教えに惹かれるのか?

 それが、俺を刺激する。

「じゃあ、明日原稿を持ってくるから、その、データだっけ? それにしてよね」

「わかったよ。じゃあ待ってる」

「うん。じゃあ今日は解散。あたし修行で忙しいから」

 そういうと、知立さんは消えていった。

 俺は一人残されて、そのまま帰宅した――。


 翌日――。

 俺は知立さんから手書き浄土真宗の教えらしきものを受け取り、それをパソコンで打ち始める。

 一応、鈴奈さんに連絡してみたら、新聞部のアドレスを教えてもらい、そこに送信すればいいようになった。

 意外と難解な漢字が多く、打ち込むのに苦労したけれど、打ち込む分量は少ないので、十分ほどで完了する。

 浄土真宗か……。

 俺はしばらく考える。

 ウチの宗派も偶然ながら浄土真宗なんだ。

 これは何かの運命か?

 俺がパソコンを弄っていると、突如部屋のトビラが開いた。

「おい、人の部屋に入るならノックくらいしろ」

「なに。悠真、エッチなビデオでも見てたの?」

「なんでそうなる。俺は学校の課題をしていたんだ」

 俺の前に現れたのは妹の陽菜ヒナだった。

「悠真が学校の課題、怪しい。ちょっと見せて」

「あ、おい、勝手に入ってくんな」

 しかし、陽菜は強引に俺のパソコンを見つめる。

 そして、そこに書かれた難解な漢字の群れを見て、

「なにこれ? 中二病的なポエム?」

「違うよ」

「悠真、もしかして詩とか書いてんの? ウケるんですけど」

「だから違うってば。これは親鸞聖人の教えだ」

「は? しんらんしょうにん?」

「まぁ、陽菜はバカだから知らないよな。親鸞聖人っていうのは、浄土真宗の宗祖だよ。ちなみにウチの宗派も浄土真宗だぞ」

「なによ、得意げになって、どうせ誰か入れ知恵でしょ?」

 まぁ確かにその通りなんだけど。

「うるさいな。とにかく出てけよ」

「でもさ、何で悠真がそんな親鸞聖人の教えをパソコンに打ち込んでるわけ」

「人に頼まれて」

「ふ~ん。どうせオタクみたいなキモい友達でしょ?」

「ちがうよ。ちょっと変だけど、ルックスはいいんだ」

「え? それってもしかして女の子なの」

「そうだけど。陽菜には関係ないだろ!」

 すると、陽菜の顔がみるみる変わっていき、

「バカ―! 悠真の癖に生意気よ!」

 そう言い、俺に枕をぶつけて出ていった。

 何なんだあいつ。

 急に怒ったりして。

 まぁいいけどさ。とりあえず任務は完了だ。

 俺が送信したデータは、無事届いたようで、そのままOKとの回答があった。

 後は、校内新聞が発行されるのを待つだけだ。


 金曜日――。

 校内新聞の発行日だ。

 五月の中旬。

 入学してから一カ月強。

 それまで、校内新聞なんて、あまり熱心に見なかった。

 けど、

 今日は違うんだ。

 何しろ、知立さんのありがたい言葉が掲載されるのだ。

 まぁ、親鸞聖人の教えなんだけどね。

 校内新聞は、帰りのホームルームに全員に配られる。

 俺は、すぐに見たよ。

 確か、編集後記の近くって言ってたよな。

 編集後記は最終面に載っている。

 そして、その横に親鸞の教えというコーナーが設置されている。

 そこに、この間俺が聞いた親鸞聖人の教えが載っていた。

 もちろん、扱いは小さい。

 それでも、これは大いなる一歩だ。

 知立さんは、浄土真宗の教えを広めようとしている。

 しかも、この学校で……。

 けどさ、教えを広めるのって結構難しいよね。

 特に、仏教なんて興味がないと、誰も真剣に話を聞かないし。

 彼女には夢がある。

 そう。僧侶になるという。

 夢か。

 何か羨ましい。

 だって、俺には夢がないから。

 その昔、俺はサッカー選手になりたいという夢があった。

 あれは、幼稚園の頃。

 それで小学生になってサッカースクールに通ったんだけど、全然ダメで、イヤになって止めてしまった。

 俺はもう、高校生。

 小学生が夢みるような。


・宇宙飛行士

・スポーツ選手

・芸能人


 なんかの夢は諦めている。

 でもね、現実的な夢があるというとそうでもないんだ。

 今の俺には夢がない。

 ただ、漠然と大学に進学して、就職活動して、その結果採用された会社で働くようになるのでは? と、そんな気がするよ。

 だからね、俺は夢がある知立さんが少し羨ましかったんだよね。

 夢を追うのは若者の特権だ。

 今しか追えない夢もあるだろう。

 例えば、スポーツ選手になるのなら、若くないとダメだ。

 つまり、夢には期限がある。

 なのに……。

 俺は一体何をしているんだろうか?

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