ギャル、時々、仏門。
運命の人。
そんな人が、俺にいるのかわからない。
けどね。
俺は高校に行ったら変わるんだ。
とりあえず、友達を作って、それでいて、できれば彼女も作って、青春を謳歌するのだ。
それが俺の目的。
とにかく、第一歩を踏み出そう。
俺はそう考え、真新しい制服に身を包み、高校へ向かって歩き出した。
俺は新潟市の中央区、万代ってところに住んでいる。
ここは、新潟の中心部なんだ。
だから、遊ぶ場所はたくさんあるよ。
まぁ、俺はそんなに友達が多くないから、中学時代は、まったくどこかで遊んだ経験はない。
だからこそ、高校になったら、この暗黒の日常を変えるのだ。
俺の高校は、新潟の万代から少し離れたところにある。
だから、俺は徒歩ではなく、自転車で高校に通学しているんだよね。
首都圏だと、電車通学している学生も多いだろう。
でもね。
新潟は鉄道がそんなに発達しているわけじゃないんだ。
駅の間隔も長いし、本数もそれほど多くないよ。
だから、基本的に車社会。
俺は、高校一年生だから、まだ車には乗れないけれど、俺の両親は普通に車を持っているし。というかね、地方都市は車がないと何もできないんだ。
まったく不便だよね。
そんな風にして、俺は高校にたどり着く。
入学式を終え、今日から授業があるのだ。
新生活の始まり。
それってさ、結構ワクワクするよね。
俺は、新しい生活を楽しみにしていたんだ。
玄関をくぐり、靴を履き替えて教室へ向かう。
一年生の教室があるのは四階。
俺は一気に階段を駆け上り、角を曲がる。
その時だった。
ドン!
「きゃー」
と、女の子の声が聞こえた。
どうやら、ぶつかってしまったらしい。
俺は、大丈夫だけど、女の子は倒れてしまった。
しかし、倒れた女の子は、見事な受け身をして、衝撃を和らげる。
何だこの子?
武道でもしているのだろうか?
しかしながら、俺、困惑……。
女の子は明るめの髪色にして、どこかギャルっぽい印象。
スカートの丈も結構短めだ。
少しだけパンツが見えそう。
俺たち世代の女子校生は、そこまでスカートが短くない。
昔はかなりミニだったらしいけど、今のトレンドはそんなにミニじゃないらしい。
まぁ、どうでもいいのだけれど。
だけど、この子は結構スカートを短くしている。
「あの、大丈夫?」
すると、女の子は俺に目線を合わせず、すっくと立ち上げると、
「痛ったぁ、どこ見てんのよ、このバカ! あ、あたし急いでるの、じゃあね」
と、言い残し、そして消えていった。
一体何なんだ、あの子……。
どこかで見たような気がする。
うん。確か同じクラスだ。
名前は忘れたけどね。
俺はそのまま教室へ向かおうとする。
しかし、床に何か落ちているのがわかった。
それは、前時代的なカセットテープを使ったウォークマンだった。
あの子が落としたんだ。
ギャルの癖にカセットテープ?
何かチグハグだ。
俺はそれを拾い上げ、彼女を追うとする。
しかし、その子はとっくに消えていて、どこに行ったのかわからなかった。
まぁいいか。
同じクラスなんだし。後で渡せばいいよね。
だけど……。
なんとなく、興味がある。
あの子、どんな音楽を聴いているんだろう?
今だと――
米津玄師とか、星野源とかかな。
とにかくね。俺は、あの子の音楽が猛烈に気になった。
もしかすると、いい話のネタになるかもしれないしね。
ガチャガチャ。
カセットテープってどうやって使うんだ。
というよりも、今も売ってるのか?
カセットテープのウォークマンは大きい。今風の音楽プレーヤーに比べるとかなり大きいのだ。
今の時代、スマホでも手軽に聴けるのに。
俺はスピッツが好きだから、この子も聞いているといいな。
そんな淡い期待を抱きながら、俺はようやくスイッチボタンを見つけ、イヤホンをつけて、音楽を聴いてみる。
すると、圧倒的な衝撃が俺を襲ったんだよね。
衝撃。
それはかなり凄いよ。
正直、何が起きているからわからなかった。
俺が聴いた音楽。
それは音楽というよりも……、
「お経」
だったんだよね。
なぜ、ギャル風の女子高生がお経を聴いているのか?
それが理解できなかった。
俺は、お経は全く知らない。
だけど、結構種類があるんだろう。
どこかで聞いたようなお経だけど、よくわからない。
一体、何なんだろう?
あの子は……。
昼休み――。
俺たちの高校は、学食がある。
だけど、俺はもったいないから弁当を作ってもらって、それを食べている。
今のところ、一緒に食べる友達はいない。
だけど、今日は違うんだよね。
俺の目的は、朝にぶつかった女の子。
その子は、知立美沙さん。
知立さんは一番後ろの席に座っていた。
どうやら一人のようである。
これはチャンス。
俺は近づいたよ。
「ねぇ知立さん、隣いい?」
俺は勇気をもって、声をかけた。
すると、知立さんは訝しそうに、
「あんたは?」
「俺? 俺は。榊原悠真。あのさ、コレ、今朝落としたでしょ?」
と、俺はウォークマンを取り出す。
すると、知立さんはバッとそれをかっさらった。
「え?」
俺、驚く。
ふと、知立さんを見る。
彼女はどういうわけかわなわな震えている。
「どうしたの?」
「聴いた?」
「何が?」
「だから、このウォークマン聴いた?」
さて……。
どういうべきなんだろうか?
確かに俺は聴いたけど、そのくらい問題ないよね。スカートの中をのぞいたわけじゃないんだから。
「うん、聴いた」
途端、知立さんの顔が真っ赤になった。
「バカバカー」
というと、知立さんは俺の前から消えていった。
俺はバカ扱いをされる。
まぁ、バカなんだけどね。
一体、何なんだろう? あの子は??
とにかく、俺は嫌われてしまったのかもしれない。
何というか前途多難だな。
全く嫌になるよ。
放課後――。
意外なことが起きた。
帰り支度を始めている俺のもとに、知立さんがやって来たのである。
俺は、部活に入っていない。
俺の高校は、部活動は強制ではない。
だから、入らなくても全く問題ではないのだ。
スポーツとか苦手だしね。
「えっと、榊原。ちょっと来て」
「え? 何?」
「いいからついて来て」
と、言うと知立さんは歩き出す。
廊下を渡り、階段まで行くと、のぼっていくではないか?
俺の高校は四階建て。
一年生は四階だから、この上は屋上しかない。
「屋上に行くの?」
と、俺は知立さんの背中に声をかける。
膝よりも少し短いスカートが、ヒラヒラと揺れている。
「……」
無視。
なぜ??
とにかく今は付いていくしかなさそうだ。
屋上のトビラを開ける。
屋上で活動する部活動はないから、まったく人はいなかった。
「榊原!」
いきなり知立さんが振り返った。
そして――。
「誰もが救われる道がある!」
と、叫んだ。
は?
今、彼女は何て言った??
俺は、正直面を食らう。
何か衝撃的なことが起こると、人は動けなくなるらしい。
俺は、根を張ったように動けなくなった。
「今なんて?」
俺は、何とかそれだけを絞り出す。
すると知立さんは、
「あんた、親鸞聖人って知ってる?」
「しんらん?」
深夜アニメのキャラクターだろうか?
イヤ、少女漫画の方が正しいか?
いずれにしても、しんらんなんて俺は知らない。
「あんた、親鸞聖人を知らないの?」
「ゴメン……、知らない」
「まったく、それでもやる気あるわけぇ?」
やる気?
この子は何を言っているんだろう。
「あんた、仏教に興味があるんでしょ?」
「え? 仏教? 俺が??」
「そう」
さて。
何ていうべきなんだろう。
正直な話、俺は仏教なんて知らない。
俺の祖父母の家にはお仏壇があるから、仏教と関連しているのはわかる。
だけど、俺は全く知らない。
そもそも仏教って何だよ?
確か、釈迦だよな?
元祖っていうか、宗祖ってさ。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺は仏教なんて興味ないよ」
「じゃあ、どうしてあたしのウォークマン聴いたの?」
「そ、それは、その、どんな音楽聴いてるのかな? って思って……。その単純な興味からだよ」
「聴いたくせに」
「え?」
「だから、正信念仏偈聴いたじゃん」
また、わけのわからない単語が出る。
しょうしんねんぶつげってなんだよ??
「知立さん、何を言っているのかわからないよ」
「とにかく、あんたは正信念仏偈を聞いたんだから、仏教に興味があるのよね」
何か強引だ。
いつの間にか宗教の勧誘を受けている。
一体、何が起きているのだろうか?
「だから、俺仏教に興味はないよ」
「今さらそんなこと言ってもダメよ。あんたはあたしの秘密を知ったんだから」
「秘密? 何それ?」
「だ、か、ら、あたしがお坊さんを目指してること」
「え? そうなの!?」
俺、驚く!
このギャルっぽい少女はお坊さんを目指しているらしい。
でも、お坊さんって坊主じゃないのか?
それに女の人もなれるのかな。
「きみょうむりょうじゅーにょーらいー
なーむーふーかーしーぎーこーう
ほうぞーぼーさーいんにーじー
ざいせーじーざいおうぶっしょー
とーけんしょーぶつじょうどーいーん
こくどーにんてんしーぜんまーく
こんりゅうむーじょうしゅーしょうがーん
ちょうほつけーうだいぐーぜーい
ごーこうしーゆいしーしょうじゅー
じゅうせいみょうしょうもんじっぽーう」
んんん、なんだ。何が起きた?
女の子の声でお経みたいなものが聞こえた。
お経というと、壮年のお坊さんの低い声が定番だが、知立さんの声は、浜崎あゆみとあいみょんを足して二で割ったような声なのだ。
だからこそ、重厚に聞こえるはずのお経が、凄くライトに聞こえる。
「あたしの秘密を知ったんだから、あんたにも協力してもらうわよ」
「へ? 協力? 何をするの?」
「あのさ、一応聞くけど、浄土真宗って知ってるでしょ? 知らないと許さないんだからね」
じょうどしんしゅう?
何となく聴いたことがあるけど、ほとんど知らない。
「ご、ゴメン、ちょっとわからない」
「はぁ、まったく、あんた何を考えているのよ。浄土真宗も知らないなんて。浄土真宗っていうのは、親鸞聖人が作った仏教の宗派の一つよ。あたしはね、本願寺派の浄土真宗のお坊さんを目指しているの」
「ふ~ん、そうなの。だから、お経を聴いていたんだね」
「そういうこと。これでも努力してるの。でもね、パパが許してくれないの」
「お父さんに反対されてるの?」
「そう。あたしの家ね、お寺なの。新潟市中央区にある、祐善寺っていうね。なかなか規模は大きいの。檀家の数もまずまずあるし。立派なお寺なのよ」
「知立さんは後を継ごうとしているの?」
「そう。カンがいいわね。だけど、パパは反対してる。あ、パパじゃなくて師匠なんだけど」
「師匠?」
「ホント、あんたって無知なのね。それでよくこれまで生きてこれたわね。お坊さんになるにはね、師匠となる僧侶を見つけないとならないの。師僧っていうんだけどね」
「つまり、君のお父さんが師匠。お坊さんなわけか?」
「そう。だけどね、ダメなのよ。パパはあたしがお坊さんになるのを反対してるの」
俺は、お坊さんについてあまり詳しない。
イヤ、あまりどころかほとんど知らないのだ。
だけど、なんとなくお坊さんの仕事がキツそうだっていうのはわかる。
「だからね。私はパパを認めさせるの」
「どうやって?」
「つまり、浄土真宗を布教していくの。あたしのお寺は浄土真宗本願寺派なの。だから、あたしは浄土真宗のお坊さんになろうとしてるってわけ」
「そう、頑張ってね」
と、俺は生暖かい声を出す。
なんというか、付き合うとろくなことにならにないような気がする。
知立さんは、ルックスがいい。
美少女と呼べるだろう。
AKBとか乃木坂とかに入って踊っていても不思議ではない。
それに容姿もギャルっぽい。
しっかりメイクしてるし、もちろん、坊主ではない。
フワフワとした柔らかい明るめの茶色の髪の毛が肩まで伸びて、ツインテールで結んでいる。
なのに……。
この子は僧侶を目指している。
それはかなり不思議なような気がした。
まったく本を読まないのに、世界文学全集に挑戦するようなものだ。
「悲しきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ
天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす」
不意に、知立さんが口に出す。
また、お経だろうか?
だけど、リズムが違う。
何よりも、しっかり日本語が聞こえたよね。
一体何だろう??
「僧侶も世俗の者たちもね、良い時や良い日にとらわれて、天や地の神様を崇めつつ、占いや祈り事ばかり。これって結構悲しいよね……。って意味。つまり何が言いたいのかわかる?」
急に問われてもわからない。
俺はしどろもどろだ。
「イヤ、わからない」
「そうよね、あんたバカそうだもん、だからあたしが教えてあげる。よく聞きなさい。これはね。祈ったり占ったりするのは、その人本来の人生を見失わせる行為って言ってるの。ほら、占いとか好きな子多いでしょ? あんなの信じるくらいなら、親鸞聖人を信じなさいよ」
「それって親鸞さんの言葉なの?」
「そうよ、親鸞さん、つまり、親鸞聖人のね」
話によれば、親鸞さんという人は、浄土真宗の宗祖らしい。
だから、知立さんは崇拝しているのだろう。
「で、これからあたしは親鸞聖人の教えを広めるつもり。だからあんた、助手になりなさい」
「はいはい、助手ね、それは大変だ……、って、えぇええぇぇぇぇぇえぇえええー!!」
「そのノリ突っ込みかなりダサいわよ。あんたはあたしの秘密を知った。つまり、助手にならないとならないの」
どういう理論だ?
無茶苦茶である。
「い、イヤだよ、そんなの、他を当たってくれよ」
「断るのね?」
「うん」
「なら考えがあるわ」
「考え?」
「そう。今ここで大声出すから。悲鳴よ。そして、あんたにひどいことされそうになったって言いふらしてやる」
「な、な、なんてことを……。そんなことをしても無駄だよ。信じるもんか」
「そう。ならやってみる? あたしが大声を出して、あんたが捕まれば、きっと学園生活は暗黒になるわ。レイプ魔として、あんたは生きていくのよ」
僧侶を目指しているくせに、この人はめちゃくちゃだ。
だけど、このまま大声を出されたら結構マズい。
直感だけどそんな気がしたんだよね。
だから俺は――。
「わかったよ。手伝えばいいんでしょ。その代わり、あんまり期待するなよ。仏教なんてほとんど知らないんだから」
「そ。あんたはあたしのいうことを聞いてればいいのよ。助手なんだから。そうだ。あんた悩みとかない?」
「え? 悩み、なんだろ、急に言われても……」
俺は考える。
十五歳である俺。
悩み多き年齢でもある。
「えっと、勉強ができないとか」
「そう、勉強ができないのが悩みなのね?」
「まぁ、そんな感じかな」
すると、知立さんは息を整え言った。
「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す」