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Gal Monk  作者: Futahiro Tada
1/10

ギャル、時々、仏門。

 運命の人。

 そんな人が、俺にいるのかわからない。

 けどね。

 俺は高校に行ったら変わるんだ。

 とりあえず、友達を作って、それでいて、できれば彼女も作って、青春を謳歌するのだ。

 それが俺の目的。

 とにかく、第一歩を踏み出そう。

 俺はそう考え、真新しい制服に身を包み、高校へ向かって歩き出した。


 俺は新潟市の中央区、万代ってところに住んでいる。

 ここは、新潟の中心部なんだ。

 だから、遊ぶ場所はたくさんあるよ。

 まぁ、俺はそんなに友達が多くないから、中学時代は、まったくどこかで遊んだ経験はない。

 だからこそ、高校になったら、この暗黒の日常を変えるのだ。

 俺の高校は、新潟の万代から少し離れたところにある。

 だから、俺は徒歩ではなく、自転車で高校に通学しているんだよね。

 首都圏だと、電車通学している学生も多いだろう。

 でもね。

 新潟は鉄道がそんなに発達しているわけじゃないんだ。

 駅の間隔も長いし、本数もそれほど多くないよ。

 だから、基本的に車社会。

 俺は、高校一年生だから、まだ車には乗れないけれど、俺の両親は普通に車を持っているし。というかね、地方都市は車がないと何もできないんだ。

 まったく不便だよね。

 そんな風にして、俺は高校にたどり着く。

 入学式を終え、今日から授業があるのだ。

 新生活の始まり。

 それってさ、結構ワクワクするよね。

 俺は、新しい生活を楽しみにしていたんだ。

 玄関をくぐり、靴を履き替えて教室へ向かう。

 一年生の教室があるのは四階。

 俺は一気に階段を駆け上り、角を曲がる。

 その時だった。

ドン!

「きゃー」

 と、女の子の声が聞こえた。

 どうやら、ぶつかってしまったらしい。

 俺は、大丈夫だけど、女の子は倒れてしまった。

 しかし、倒れた女の子は、見事な受け身をして、衝撃を和らげる。

 何だこの子?

 武道でもしているのだろうか?

 しかしながら、俺、困惑……。

 女の子は明るめの髪色にして、どこかギャルっぽい印象。

 スカートの丈も結構短めだ。

 少しだけパンツが見えそう。

 俺たち世代の女子校生は、そこまでスカートが短くない。

 昔はかなりミニだったらしいけど、今のトレンドはそんなにミニじゃないらしい。

 まぁ、どうでもいいのだけれど。

 だけど、この子は結構スカートを短くしている。

「あの、大丈夫?」

 すると、女の子は俺に目線を合わせず、すっくと立ち上げると、

「痛ったぁ、どこ見てんのよ、このバカ! あ、あたし急いでるの、じゃあね」

 と、言い残し、そして消えていった。

 一体何なんだ、あの子……。

 どこかで見たような気がする。

 うん。確か同じクラスだ。

 名前は忘れたけどね。

 俺はそのまま教室へ向かおうとする。

 しかし、床に何か落ちているのがわかった。

 それは、前時代的なカセットテープを使ったウォークマンだった。

 あの子が落としたんだ。

 ギャルの癖にカセットテープ?

 何かチグハグだ。

 俺はそれを拾い上げ、彼女を追うとする。

 しかし、その子はとっくに消えていて、どこに行ったのかわからなかった。

 まぁいいか。

 同じクラスなんだし。後で渡せばいいよね。

 だけど……。

 なんとなく、興味がある。

 あの子、どんな音楽を聴いているんだろう?

 今だと――

 米津玄師とか、星野源とかかな。

 とにかくね。俺は、あの子の音楽が猛烈に気になった。

 もしかすると、いい話のネタになるかもしれないしね。

 ガチャガチャ。

 カセットテープってどうやって使うんだ。

 というよりも、今も売ってるのか?

 カセットテープのウォークマンは大きい。今風の音楽プレーヤーに比べるとかなり大きいのだ。

 今の時代、スマホでも手軽に聴けるのに。

 俺はスピッツが好きだから、この子も聞いているといいな。

 そんな淡い期待を抱きながら、俺はようやくスイッチボタンを見つけ、イヤホンをつけて、音楽を聴いてみる。

 すると、圧倒的な衝撃が俺を襲ったんだよね。

 衝撃。

 それはかなり凄いよ。

 正直、何が起きているからわからなかった。

 俺が聴いた音楽。

 それは音楽というよりも……、


「お経」


 だったんだよね。

 なぜ、ギャル風の女子高生がお経を聴いているのか?

 それが理解できなかった。

 俺は、お経は全く知らない。

 だけど、結構種類があるんだろう。

 どこかで聞いたようなお経だけど、よくわからない。

 一体、何なんだろう?

 あの子は……。


 昼休み――。

 俺たちの高校は、学食がある。

 だけど、俺はもったいないから弁当を作ってもらって、それを食べている。

 今のところ、一緒に食べる友達はいない。

 だけど、今日は違うんだよね。

 俺の目的は、朝にぶつかった女の子。

 その子は、知立美沙さん。

 知立さんは一番後ろの席に座っていた。

 どうやら一人のようである。

 これはチャンス。

 俺は近づいたよ。

「ねぇ知立さん、隣いい?」

 俺は勇気をもって、声をかけた。

 すると、知立さんは訝しそうに、

「あんたは?」

「俺? 俺は。榊原悠真。あのさ、コレ、今朝落としたでしょ?」

 と、俺はウォークマンを取り出す。

 すると、知立さんはバッとそれをかっさらった。

「え?」

 俺、驚く。

 ふと、知立さんを見る。

 彼女はどういうわけかわなわな震えている。

「どうしたの?」

「聴いた?」

「何が?」

「だから、このウォークマン聴いた?」

 さて……。

 どういうべきなんだろうか?

 確かに俺は聴いたけど、そのくらい問題ないよね。スカートの中をのぞいたわけじゃないんだから。

「うん、聴いた」

 途端、知立さんの顔が真っ赤になった。

「バカバカー」

 というと、知立さんは俺の前から消えていった。

 俺はバカ扱いをされる。

 まぁ、バカなんだけどね。

 一体、何なんだろう? あの子は??

 とにかく、俺は嫌われてしまったのかもしれない。

 何というか前途多難だな。

 全く嫌になるよ。


 放課後――。

 意外なことが起きた。

 帰り支度を始めている俺のもとに、知立さんがやって来たのである。

 俺は、部活に入っていない。

 俺の高校は、部活動は強制ではない。

 だから、入らなくても全く問題ではないのだ。

 スポーツとか苦手だしね。

「えっと、榊原。ちょっと来て」

「え? 何?」

「いいからついて来て」

 と、言うと知立さんは歩き出す。

 廊下を渡り、階段まで行くと、のぼっていくではないか?

 俺の高校は四階建て。

 一年生は四階だから、この上は屋上しかない。

「屋上に行くの?」

 と、俺は知立さんの背中に声をかける。

 膝よりも少し短いスカートが、ヒラヒラと揺れている。

「……」

 無視。

 なぜ??

 とにかく今は付いていくしかなさそうだ。

 屋上のトビラを開ける。

 屋上で活動する部活動はないから、まったく人はいなかった。

「榊原!」

 いきなり知立さんが振り返った。

 そして――。


「誰もが救われる道がある!」


 と、叫んだ。

 は?

 今、彼女は何て言った??

 俺は、正直面を食らう。

 何か衝撃的なことが起こると、人は動けなくなるらしい。

 俺は、根を張ったように動けなくなった。

「今なんて?」

 俺は、何とかそれだけを絞り出す。

 すると知立さんは、

「あんた、親鸞聖人って知ってる?」

「しんらん?」

 深夜アニメのキャラクターだろうか?

 イヤ、少女漫画の方が正しいか?

 いずれにしても、しんらんなんて俺は知らない。

「あんた、親鸞聖人を知らないの?」

「ゴメン……、知らない」

「まったく、それでもやる気あるわけぇ?」

 やる気?

 この子は何を言っているんだろう。

「あんた、仏教に興味があるんでしょ?」

「え? 仏教? 俺が??」

「そう」

 さて。

 何ていうべきなんだろう。

 正直な話、俺は仏教なんて知らない。

 俺の祖父母の家にはお仏壇があるから、仏教と関連しているのはわかる。

だけど、俺は全く知らない。

そもそも仏教って何だよ?

確か、釈迦だよな?

元祖っていうか、宗祖ってさ。

「なんか勘違いしてるみたいだけど、俺は仏教なんて興味ないよ」

「じゃあ、どうしてあたしのウォークマン聴いたの?」

「そ、それは、その、どんな音楽聴いてるのかな? って思って……。その単純な興味からだよ」

「聴いたくせに」

「え?」

「だから、正信念仏偈しょうしんねんぶつげ聴いたじゃん」

 また、わけのわからない単語が出る。

 しょうしんねんぶつげってなんだよ??

「知立さん、何を言っているのかわからないよ」

「とにかく、あんたは正信念仏偈を聞いたんだから、仏教に興味があるのよね」

 何か強引だ。

 いつの間にか宗教の勧誘を受けている。

 一体、何が起きているのだろうか?

「だから、俺仏教に興味はないよ」

「今さらそんなこと言ってもダメよ。あんたはあたしの秘密を知ったんだから」

「秘密? 何それ?」

「だ、か、ら、あたしがお坊さんを目指してること」

「え? そうなの!?」

 俺、驚く!

 このギャルっぽい少女はお坊さんを目指しているらしい。

 でも、お坊さんって坊主じゃないのか?

 それに女の人もなれるのかな。


「きみょうむりょうじゅーにょーらいー

なーむーふーかーしーぎーこーう

ほうぞーぼーさーいんにーじー

ざいせーじーざいおうぶっしょー

とーけんしょーぶつじょうどーいーん

こくどーにんてんしーぜんまーく

こんりゅうむーじょうしゅーしょうがーん

ちょうほつけーうだいぐーぜーい

ごーこうしーゆいしーしょうじゅー

じゅうせいみょうしょうもんじっぽーう」


 んんん、なんだ。何が起きた?

 女の子の声でお経みたいなものが聞こえた。

 お経というと、壮年のお坊さんの低い声が定番だが、知立さんの声は、浜崎あゆみとあいみょんを足して二で割ったような声なのだ。 

 だからこそ、重厚に聞こえるはずのお経が、凄くライトに聞こえる。

「あたしの秘密を知ったんだから、あんたにも協力してもらうわよ」

「へ? 協力? 何をするの?」

「あのさ、一応聞くけど、浄土真宗って知ってるでしょ? 知らないと許さないんだからね」

 じょうどしんしゅう?

 何となく聴いたことがあるけど、ほとんど知らない。

「ご、ゴメン、ちょっとわからない」

「はぁ、まったく、あんた何を考えているのよ。浄土真宗も知らないなんて。浄土真宗っていうのは、親鸞聖人が作った仏教の宗派の一つよ。あたしはね、本願寺派の浄土真宗のお坊さんを目指しているの」

「ふ~ん、そうなの。だから、お経を聴いていたんだね」

「そういうこと。これでも努力してるの。でもね、パパが許してくれないの」

「お父さんに反対されてるの?」

「そう。あたしの家ね、お寺なの。新潟市中央区にある、祐善寺ゆうぜんじっていうね。なかなか規模は大きいの。檀家の数もまずまずあるし。立派なお寺なのよ」

「知立さんは後を継ごうとしているの?」

「そう。カンがいいわね。だけど、パパは反対してる。あ、パパじゃなくて師匠なんだけど」

「師匠?」

「ホント、あんたって無知なのね。それでよくこれまで生きてこれたわね。お坊さんになるにはね、師匠となる僧侶を見つけないとならないの。師僧っていうんだけどね」

「つまり、君のお父さんが師匠。お坊さんなわけか?」

「そう。だけどね、ダメなのよ。パパはあたしがお坊さんになるのを反対してるの」

 俺は、お坊さんについてあまり詳しない。

 イヤ、あまりどころかほとんど知らないのだ。

 だけど、なんとなくお坊さんの仕事がキツそうだっていうのはわかる。

「だからね。私はパパを認めさせるの」

「どうやって?」

「つまり、浄土真宗を布教していくの。あたしのお寺は浄土真宗本願寺派なの。だから、あたしは浄土真宗のお坊さんになろうとしてるってわけ」

「そう、頑張ってね」

 と、俺は生暖かい声を出す。

 なんというか、付き合うとろくなことにならにないような気がする。

 知立さんは、ルックスがいい。

 美少女と呼べるだろう。

 AKBとか乃木坂とかに入って踊っていても不思議ではない。

 それに容姿もギャルっぽい。

 しっかりメイクしてるし、もちろん、坊主ではない。

 フワフワとした柔らかい明るめの茶色の髪の毛が肩まで伸びて、ツインテールで結んでいる。

 なのに……。

 この子は僧侶を目指している。

 それはかなり不思議なような気がした。

 まったく本を読まないのに、世界文学全集に挑戦するようなものだ。


「悲しきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ

 天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす」


 不意に、知立さんが口に出す。

 また、お経だろうか?

 だけど、リズムが違う。

 何よりも、しっかり日本語が聞こえたよね。

 一体何だろう??

「僧侶も世俗の者たちもね、良い時や良い日にとらわれて、天や地の神様を崇めつつ、占いや祈り事ばかり。これって結構悲しいよね……。って意味。つまり何が言いたいのかわかる?」

 急に問われてもわからない。

 俺はしどろもどろだ。

「イヤ、わからない」

「そうよね、あんたバカそうだもん、だからあたしが教えてあげる。よく聞きなさい。これはね。祈ったり占ったりするのは、その人本来の人生を見失わせる行為って言ってるの。ほら、占いとか好きな子多いでしょ? あんなの信じるくらいなら、親鸞聖人を信じなさいよ」

「それって親鸞さんの言葉なの?」

「そうよ、親鸞さん、つまり、親鸞聖人のね」

 話によれば、親鸞さんという人は、浄土真宗の宗祖らしい。

 だから、知立さんは崇拝しているのだろう。

「で、これからあたしは親鸞聖人の教えを広めるつもり。だからあんた、助手になりなさい」

「はいはい、助手ね、それは大変だ……、って、えぇええぇぇぇぇぇえぇえええー!!」

「そのノリ突っ込みかなりダサいわよ。あんたはあたしの秘密を知った。つまり、助手にならないとならないの」

 どういう理論だ?

 無茶苦茶である。

「い、イヤだよ、そんなの、他を当たってくれよ」

「断るのね?」

「うん」

「なら考えがあるわ」

「考え?」

「そう。今ここで大声出すから。悲鳴よ。そして、あんたにひどいことされそうになったって言いふらしてやる」

「な、な、なんてことを……。そんなことをしても無駄だよ。信じるもんか」

「そう。ならやってみる? あたしが大声を出して、あんたが捕まれば、きっと学園生活は暗黒になるわ。レイプ魔として、あんたは生きていくのよ」

 僧侶を目指しているくせに、この人はめちゃくちゃだ。

 だけど、このまま大声を出されたら結構マズい。

 直感だけどそんな気がしたんだよね。

 だから俺は――。

「わかったよ。手伝えばいいんでしょ。その代わり、あんまり期待するなよ。仏教なんてほとんど知らないんだから」

「そ。あんたはあたしのいうことを聞いてればいいのよ。助手なんだから。そうだ。あんた悩みとかない?」

「え? 悩み、なんだろ、急に言われても……」

 俺は考える。

 十五歳である俺。

 悩み多き年齢でもある。

「えっと、勉強ができないとか」

「そう、勉強ができないのが悩みなのね?」

「まぁ、そんな感じかな」

 すると、知立さんは息を整え言った。


「慶ばしいかな、心を弘誓ぐぜい仏地ぶつじて、念を難思なんじ法海ほうかいに流す」

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