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精霊召喚の必要条件

作者: けにゃっぷ
掲載日:2026/04/12

「ベアトリーテ・カルセウス! 貴様の不遜なる振る舞いは断じて許す事が出来ぬ。よってこの私、王太子マルクス・フォン・フリューゲルとの婚約の破棄を申し渡す!」


 ところは昼の、貴族学校学園舎。

 麗らかな陽光輝く中庭に、居丈高な声が響き渡った。

 日常の喧騒が、刹那、不穏に波を打ち、すぐに静まり返る。水を打ったような静寂に立ち替わったその中心では、女生徒が一人、ベンチに座して読書をしている。

 己が周囲の注目を一身に集めている事実に気付き、彼女は微かに嘆息する。それからそっと本を閉じ、優雅な仕草で立ち上がった。


「……恐れながら、殿下。わたくしの不遜なる振る舞いとは具体的にはどういったものでございましょう。問題点は早急に改めたく存じますので、是非ご指摘を賜りたく」


 指を伸ばした手を胸に当てる恭順の姿勢で一礼するのは、男――王太子マルクスが呼ばわった通り、ベアトリーテ・カルセウス。

 その冷静沈着な振る舞いとは対照的に、王太子マルクスは、癇症と紙一重の傲慢さで顎をしゃくり上げた。


「自身の醜悪さを自覚すら出来ぬとは全く愚かな。貴様は、ボルト男爵令嬢マリエラに対し、無礼を働いたであろう。よもやそれすらも覚えにないとは言うまいな」


 ベアトリーテは、心底から意味が理解出来ないとばかりに頬に手を当て、首を傾げる。さもありなん。彼女は、名門カルセウス公爵家の長女、この国に於いては十指に入る程の高貴な女性である。まず「男爵令嬢に対し公爵令嬢が無礼を働く」という状況自体が成立し得ない。

 それでもベアトリーテは、心当たりを探すようにしばし黙考した後、王太子と――その両翼に居並ぶ面々に視線を戻した。

 王太子のすぐ隣には腕に縋り付くような格好で一人の女生徒が寄り添っている。

 その小柄な女生徒は、王太子の腕に、今にも倒れてしまうとばかりに胸を押しつけながら、舞台女優さながらの情感溢れる声音で嘆いてみせた。


「酷い、ベアトリーテ様! 私をあんなに酷くいじめたのに、そんな白々しいことを言うなんてっ」

「ああっ、マリエラよ、なんて可哀想に……!」


 そんな寸劇を繰り広げる二人の両側には、五人ほどの男たちが侍っている。

 五人の内四人は揃いの制服を着た男子生徒であったが、一人、学生とは明らかに違う身なりをした存在があった。ともすれば、中央で舞台劇の主役のように振る舞っている王太子よりも特段に目を惹く容姿の者が、一人。

 あたかも神話の中から現れ出でたような、七色に輝く髪を持つ、いかにも人ならざる雰囲気の美丈夫である。

 騒動を遠巻きに眺める学生たちの視線すらも、どちらかと言えばそちらに集中している。

 異質なものを見る奇異な視線、というわけではない。寧ろそれらの視線には驚愕と畏怖が現れている。『それ』が一体どういう存在であるのか、確証はないながらも誰もが察しているのだった。

 しかしながら、指弾を受ける当人であるベアトリーテは、居並ぶ全員に対して平等に一瞥をくれたのみで、すぐに中央の王太子に視線を戻した。


「そちらにおられます、マリエラ・ボルト様に対して、という事でしたら。先般、『廊下を走られるなんてあられもない事ですよ』とご指摘した件でしょうか。それとも、『購買で品物を購入する際は学生は皆、身分に関係なく、一列に並んで順番を待ち、自分で購入する決まりになっているのですよ』と教えて差し上げた件でしょうか。どうも決まりをご存じなかったらしく、列の途中から割り込んでしまったようで、学生間で少しトラブルになっていた様子をお見かけしましたので」


 淡々と告げるベアトリーテの話を遮って、また寸劇の幕が開く。


「いつもそう! ベアトリーテ様はいつもこうやって、私が男爵家に引き取られた平民上がりだと馬鹿にするのっ! ねえ、聞いたでしょうマルクス様ぁ」

「ああ、しかと耳にした。ベアトリーテは何と醜い女だろうか」


 観客たる生徒たちのうち一部が、仲間内にしか聞こえない程度の声量で、「平民の学校だろうと、廊下走ったり横入りしたりしたら怒られるだろうよ」などと呟いたりしているが、そんな声は二人には届かないようだった。

 ただーー

 声が届いていないのは、公爵令嬢の方も同様のようではあった。こちらは外野の声は勿論、王太子と男爵令嬢の寸劇にも眉一つ動かさず、ただ静かに己の紡ぐべき言葉を紡ぐ。


「――或いは、殿下ならびにそこに居られます、レイモンド公爵家ご子息、サリバン侯爵家ご子息、ソール侯爵家ご子息、及びマルフォイ辺境伯家ご子息方と不適切な距離感でご歓談されていることに対し、ご指導した件でしょうか。未婚の淑女たるもの、婚約者ですらない殿方に気安く触れ、あまつさえ公衆の面前で手を握り合うなど、あってはならぬことでございます」


 その言葉に、王太子はかっと目を剥いた。


「いかがわしい言い方をするな! 友人同士が握手をすることなど、平民同士であれば当たり前の友好表現だ!」

「握手、でございますか」


 ベアトリーテはそっと小さなジェスチャーを取る。おとがいに細い指を軽く添え、そっと小首を傾げるというその仕草は、私は困惑していますという意思を言外に伝える、貴族としてはかなり直接的な身体言語ではあったが、王太子の側はその意図を汲めてはいないようだった。

 男爵令嬢マリエラが、校内庭園の木陰でガゼボで教室でと、王太子殿下やそこで取り巻きをしている高位貴族の子息たちと、だいぶん親密な様子で『握手』を交わしている姿は、学園内では何の秘密でもなく、多くの生徒の耳目に入っているものであった。その為、公爵令嬢は敢えて直接的な反駁を行わなかった。

 しかし相手が納得とも聞こえる言葉を発したことが勢いづかせたか、王太子は肩をそびやかし、傲然と言い放った。


「己の無知を棚に上げ、他者の揚げ足取りばかりに勤しむその姿、実に無様、実に嘆かわしい! 彼女の天真爛漫さに嫉妬し、無邪気な行いに無理筋の難癖をつけようなどとするから、こんな醜態を晒すことになるのだ! 恥を知れ!」


 ベアトリーテは困惑の姿勢のまま、答える。


「恥を知れとのご指摘については意図するところが分からず恐縮でございますが、淑女として相応しくない振る舞いについて気づきを与え是正を促すのは、上級生としての、また格上の立場としての義務と心得ております」

「はっ、格上! 思い上がりも甚だしい! 彼女、マリエラこそは、大精霊を召喚せし真なる聖女であるぞ。聖女を僭称する偽物の分際で真なる聖女を格下と扱うとは、不遜にも程があろう!」


 ーーと、

 ここまで、終始平静に言葉を運んでいたベアトリーテであったが……


「…………は?」


 この時初めて、完璧なる公爵令嬢の表情に綻びを垣間見せた。


「……申し訳ございません、殿下。今、なんと仰られましたか」

「恥知らずと言った」


 ふんと鼻を鳴らさんばかりに答える王太子を、ベアトリーテはひたと見て、抑えた声音で、問う。


「その前にございます。マリエラ様が何であり、私が何であると?」

「真の聖女であるマリエラに対し、偽物が偉そうに意見を述べるなと、そう言ったのだ! そこにおわす人ならざる方の姿が貴様の目には映っておらんのか!?」


 王太子は、大仰に手を振って、己の傍らにある姿を指し示す。

 例の、七色の髪を持つ美丈夫である。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 聖女マリエラが示した聖なる導きにより顕現なされた、光の大精霊様にあらせられるぞ!」


 溢れんばかりの自信に満ちた堂々たる口上に、美丈夫は、いかにも誇らしげに胸を張りベアトリーテを見つめ返している。

 ベアトリーテはその様子を真っ直ぐに見、――そのまま何秒か見つめ続けてから、大きく吐息した。


「少し、精霊学の復習を致しましょうか。……マリエラ様。聖女とはどういった者であるかご存じでしょうか?」

「ば、馬鹿にしないで、私が市井の育ちだからって! そのくらい幼年学校で習うわ。『精霊に愛されし者』よ」


 またも、虐げられた被害者の皮を被って言い返すマリエラに、ベアトリーテはゆったりと頷く。


「その通りです。そして精霊の寵愛を受けていれば精霊召喚は例外なく可能である為、精霊召喚を行う事の出来る女性を現代では聖女と定めています。まず一点。わたくしはこの定義において紛れもなく聖女です。精霊を召喚することが出来ますので。――今、お時間のある精霊様、どなたか少し宜しいでしょうか?」


 ベアトリーテが何気ない風情で手を持ち上げ、呼びかける。

 その途端、涼やかな風が彼女の周囲を巡り始め、同時にその風に乗って無数の光の粒子が浮かび上がった。

 数多の、大きさも色合いも様々な光の粒たちが、我先にと言わんばかりに彼女の元に参じ、喜びに満ちた様子できらきらと舞い踊る。

 先の、大精霊と紹介された美丈夫の姿もかくやという程の美しい光景に、周囲の生徒たちは皆、息を吞んだ。

 しばし煌びやかな光たちは、彼女の周りをくるくるふわふわと漂っていたが、ベアトリーテが腕を降ろすと、名残を惜しむかのようにまたたきながら静かに消えていった。

 ベアトリーテは再度、王太子と男爵令嬢に向き直る。


「御覧の通りでございますので、マリエラ様が聖女であるかどうかに関わらず、私が偽の聖女であるという指摘は当たりません」


 その情景に、恐らく周囲の生徒たちと同様に見惚れていたのであろう。王太子は、ベアトリーテに声を掛けられて漸く、はたと我に返った様子を示した。

 慌てて、取ってつけたかのような言葉で反論する。


「だ、だが聖女はマリエラであって、」

「聖女たる要件が精霊を召還することができるという一点でございますれば、複数の聖女が並び立つなど珍しい事ではございません。もう少しお勉強あそばしませ」


 ぴしゃりと言われ、王太子はぐっと歯を食い締めた。

 憎々しげにベアトリーテを睨み、ややして、負け惜しみ気味に鼻息を吐き出した。


「ふ、ふん。偉そうに言ったところで、人の姿に近いものこそがより上級の精霊であったはずだ。今のような、動物の形すら取れぬ下級精霊如きを何匹と呼ぼうが、なんら自慢にはならぬわ」

「そっそうよそうよ! 偽物でないなら、あんたなんか雑魚聖女よ!」


 淑女の風上にすら置けぬ言葉遣いでマリエラも追従する。打ち据えられた子犬のようにきゃんきゃんと喚く二人に、ここまで強い感情を表すことなく応対していたベアトリーテの瞳が鋭く光った。

 突如向けられた研ぎ澄まされた怒りに、王太子とマリエラが一歩、無意識のうちに後ずさる。


「――わたくしの事は何と呼ぼうと構いませんが、他人を下げる為に、よりにもよって魔法の理を司る精霊様を悪し様に言うとは。聖女として、その態度は看過することが出来ません。訂正なさいませ」


 明確な怒気に王太子とマリエラは怯むが、恐怖と反発心が鬩ぎ合っているのか、複雑な表情を浮かべたまま反論も謝罪も行う様子がない。

 そんな二人を、ベアトリーテは、情けないとでも言わんばかりの視線で見て、二人の代わりに手を胸にあてた。


「我が国の王族の弁えぬ態度、誠に申し訳ございません。深くお詫び致します」


 さあっ――と先程のような風が吹き、木漏れ日のような不規則な輝きがさらさらと、応じた。

 あなたがそういうなら許しますよ、という声が、精霊と戯れる素養のない誰の耳にも、声なき声として明確に届いた。

 再度光と風が止み、ベアトリーテは、王太子以下、その場で対峙する面々に視線を向ける。


「……そして、彼女が真の聖女であるかについてでございますが、これは…………」


 再度、解説を続けるべく口を開いたベアトリーテであったが、ふと、何かに気づいたように言葉を止めると、少しの間考え、言い直した。


「いえ、精霊を召喚できたのですし、なんら差支えはございませんね。婚約破棄の件につきまして、謹んで承ります。この後、ただちに父に報告致しますので、然程お時間を頂かず承諾の旨ご連絡差し上げることが出来ると存じます。それでは御前失礼致します」

「ちょっ、ま、待ちなさいよ! そう言って逃げる気でしょう!?」


 スカートをつまみ上げ、立ち去る気配を見せたベアトリーテに、反射のようにマリエラが声を上げる。

 ベアトリーテは振り返り、少し困惑したように眉を寄せた。


「このままわたくしを『逃がした』方が迅速かつ円満に話が済んで宜しいのではと愚考致しますが……? ああ、まだご不安がございましたでしょうか」


 宜しゅうございます、丁寧にご説明しますね、と一つ頷き、再度向き直った。


「ご安心くださいませ。聖女が王太子の婚約者となる例は歴史を紐解けば、多々ございます。精霊を召喚した女性が、王位継承権第一位の王族と丁度釣り合いの取れる身分かつ年齢であれば、婚約者と定めるという場合が多いようですが、召喚者としての力量次第では、通常許容されぬ身分差があっても、認められる場合も珍しくはなかったようです。

 殿下が先程仰せになられたように、一般に精霊は体つきが小型であるより大型であるもの、より知性の高い生き物の姿を模したものが強い力を持つ傾向がございますから、そちらの人型の精霊様を召喚できる聖女であれば、殿下の婚約者としての資格もあろうかと思います。おめでとうございます。大変結構な事でございますね。そちらの大精霊様も、末長くその聖女様と仲睦まじくお暮らしくださいね」


 いっそ朗らかに、清々しさすら纏う笑みを、王太子と男爵令嬢、そして彼女が召喚した大精霊へと向けてベアトリーテが告げた瞬間――


「勘弁してください! 悪ふざけが過ぎました!!」


 びたーん!!

 ……そんな実に痛そうな音すら立て、地面に額すら擦り付けて平伏の姿勢を取ったのはーー

 七色の髪の精霊であった。


「……はっ?」


 惚けたようにーーというか、完全に惚け切った顔で、王太子とマリエラの声が唱和する。或いは、二人の両脇に立つ高位貴族の子息たちの声も混じっていたかもしれない。

 唖然とした表情で、煌めく七色の髪を大地に広げ、五体投地する精霊の後頭部を見る彼らは最早、取り繕う余裕もないのか、救いを求めるようにベアトリーテに顔を向けた。

 さしもの彼女も、「あらまあ……」と驚いた様子で、その精霊を見ているが、混乱している風ではない。

 助けを乞う視線を無視できなかったか、関係者の姿をゆっくりと順々に見てから、ベアトリーテは口を開いた。


「分かりやすくご説明するとしたら……そうですね、精霊に愛されていることは精霊を召喚できることの十分条件ですが、必要条件ではないと申しますか」


 そして一つ、呆れたような溜息。

 これはどうも、七色の髪の精霊の後頭部へと落とされたもののようだった。


「愛している人間の呼びかけには精霊様は必ず応じますが、別に愛していない人間の呼びかけにも時折応じます。いえ別にいいのですよ、呼びかけに応じるか否かを決めるのは精霊様のお心一つで決まる事です。どういう基準で召喚に応じても。たとえ私に対する当てつけであるとしても」


 囁きに、精霊は額づいていた頭をがばっと上げ、しかし膝をついた姿勢のまま、ベアトリーテを見上げた。


「誤解だ当てつけだなんて……っ、ただ君に召喚を解除されて悲しくて悲しくて自棄になっていた所、君の近くにいた人間が精霊を呼んでいたので君にもう一度会えると思って出てきたってだけで!」

「そういうの人界では何と言うかご存じですか? ストーカーと申します。恥ずべき不法行為です。精霊様は尊重されて然るべき存在ですが、ダメなものはダメです」

「ぼく人界の住民じゃないもんっ」


 麗しき青年の口から飛び出た酷くいたいけな物言いに、周囲の人間たちがあんぐりと口を開く。

 しかしただ一人、ベアトリーテだけは、我儘を言う弟を叱る姉のような雰囲気を崩さず、続けた。


「素の年齢が出ていますよ。とりあえず乳離れしてオムツが外れてからまたおいで下さいって申し上げたでしょうに」

「オムツはもうしてないよおっ」


 絵柄として明らかにおかしいこの謎の構図の解説を求め、周囲ほぼ全員の視線がベアトリーテに集中する。

 ベアトリーテは、これは恐らく取り繕われていない本心であろうと思われる困惑を眉根に浮かべ、手を頬にあてた。


「先般、少し魔術理論に関する相談相手が欲しくて、久々に高位精霊様の召喚術を執り行ってみたのですが、その際にお越しいただいたのがこちらの幼精霊様でございまして。確かにその素質はすばらしく、召喚要件に足る程の魔力をお持ちではあったのですが、如何せん、生まれてまだ三年程との事。幼き身の上で短期間といえども人界に括るのは忍びなく、すぐさまご帰還頂こうと願ったのですが、初の人界にご興奮召され送還に承諾して頂けなかったのですね」

「ちがうよっ! 人界も気に入ったけどなによりはきみだよっ、きみの事が大好きになっちゃったからあっ! こうして少しでも君に相応しいようにおにいさんの姿まで取ったのにっ」

「さりとてわたくしが力ずくで送還出来るほどの低位の精霊様でもなかったので、精霊世界に連絡し保護者様とご相談した結果、向こう側からも引っ張って頂く形でお帰り頂く事と相成りました」

「無視はいけないってママ言ってたよ!!」

「そうですね。自分の非を伏せたままというのは誠実ではありませんでした。わたくしが先般召喚を行ったのは申し上げました通り、魔法術式への助言が頂きたかったからです。それに対し、あなたさまのご助言はいささか、わたくしが必要としていたものとは違いまして……『そこはこう、はにょっとしてむーんってすれば』といった、いかにも幼子の言葉らしいいたいけな感覚論に満ちたご助言だと、わたくしめの理解能力ではちょっとうまく活用することは無理でした。私が至らないばかりに申し訳ありません」

「それぼくの幼さが原因じゃないよお! あの部分は仮にぼくのお父様だって『はにょっとしてむーん』以外に言いようないってば」

「貴方様の一族は今後出禁と召喚術式に記載しておきますね」

「ひどいー!」


 ぴえええええ、と、幼子のようにくずおれて泣くその姿はやはり見目麗しき青年のそれではあったが、最早誰の目にも、威厳ある大精霊の姿には見えない。

 そんな憐れましくすらあるその姿に罪悪感を覚えたのか、一旦は冷たく突き放したベアトリーテは、少しばつの悪そうな顔を淑女の仮面の隅から覗かせて、そっと彼に近寄った。


「……実を申せば、あの時は研究課題の締め切りが差し迫っておりまして。その焦燥からくる苛立ちも多分にございました。課題は既に提出しましたので、いくばくかの雑務が片付きましたらしばらくこの身が空きます。また後日、ご都合が宜しければ一緒に遊んでいただいても宜しいですか?」


 その言葉への反射は、実に迅速であった。飼い主が帰ってきた時の犬のような反応であった。


「もちろんだよ! わぁい嬉しいな、絶対だよ! じゃあまたすぐ呼んでね! ばいばい!」


 喜色満面の笑顔で言うなり――

 七色の髪の精霊は、きらきらっと燐光を撒いて、瞬時にしてその場からかき消えた。


「そのようなわけですので、精霊様の為にも可及的速やかに先程頂戴いたしました雑務の方、滞りなく処理致しますので、心安らかにお待ちくださいませ」

「あ、その、ベアトリーテ……」

「では」


 公爵令嬢ベアトリーテは、何か最後に言わんとしていた王太子殿下、並びにその妻となる予定の男爵令嬢に美しくお辞儀をして、今度こそ『雑務』の遂行の為、急ぎ、踵を返した。

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