一族から弾かれたウサギ族は震える体を皆に癒されて幸せを知る〜仲間達がいるので貴方達はお好きに〜
月明かりが照らす、白銀に輝く雪原。
「あんのおおお」
そこで、アリスリアは凍える体を抱きしめていた。
「アホなウサギども……!」
心の中で悪態をつきながらも、アリスリアの口元には作り物の儚い微笑みが張り付いている。
寒い。
現代日本からトラックに轢かれて転生した彼女。
このウサギ族が支配する異世界で、とんでもない目に遭っていた。
寒すぎる。
元々、アリスリアは由緒ある白毛のウサギ一族の末娘として生まれた。
しかし、その瞳の色が他の兄弟姉妹とは違う、珍しい黒色をしていたがために。
不吉な子、として家族から疎まれ、虐げられてきた。
アホの脳細胞たち。
優しい言葉など一度もかけられず、冷たい視線と陰湿な嫌味ばかりを浴びせられてきた。
「まあ、いい。どうせ、あんたたちとは住む世界が違うから」
そう強がってみせるアリスリアの心は、氷点下の雪景色のように冷え切っていた。
今日、ついに彼女は家を追い出されたのだ。
ついに。
理由は、兄の婚約者に些細なことで言い返したから。
「不吉な黒目のくせに、身の程知らずな!」
と罵られ、荷物をまとめて雪の中に放り出された。
「我が家の敷居を跨ぐことは許さん」
震える手で粗末な毛布を握りしめ、アリスリアは歩き出した。
行く当てもない。
ただ、この忌まわしい家から。
冷酷な家族から、少しでも遠くへ行きたかった。
どれくらい歩いただろうか。
疲労困憊し、意識が朦朧としてきた頃、遠くに小さな灯りが見えた。
飛びつきたい。
藁にもすがる思いで近づくと、そこは簡素な小屋だった。
ないよりマシ。
意を決して扉を叩くと、中から温かそうな光と共に、穏やかな声が聞こえた。
「はい、どちら様ですか?」
扉が開くと、そこに立っていたのは、柔和な笑みを浮かべた、立派な角を持つ若い獣人だった。
いたらしい。
深みのある翠色の瞳が、アリスリアの凍えた姿を心配そうに見つめている。
「あの……行き倒れ寸前で……もしよろしければ、一晩だけ場所を貸していただけませんか?」
アリスリアは猫を被り、か弱い少女を演じた。
警戒心の強い獣人たちを欺くには、これが一番効果的だと、これまでの経験から学んでいた。
許せよ、他人。
「まあ、お気の毒に。どうぞ、中へお入りください」
獣人は優しくアリスリアを招き入れた。
ちょっと罪悪感。
「失礼します」
小屋の中は暖かく、焚き火のパチパチという音と、香ばしいスープの匂いが満ちていた。
お腹が空いたなと思い出す。
「ぼくはキリーアスと申します。あなたは?」
「アリスリアと申します……ご親切に、ありがとうございます」
アリスリアは作り物の笑顔で答えた。
笑みをさらに深める。
キリーアスは、アリスリアに温かいスープと寝床を用意してくれた。
ご飯は一日抜かれていたから助かる。
久しぶりの温もりに、アリスリアの心は少しだけ安らいだ。
いい人そう。
数日後、アリスリアはキリーアスの小屋に居候することになった。
あっという間に提供してくれたのだ。
キリーアスは物知りで、薬草や魔法に詳しく、アリスリアに様々なことを教えてくれた。
嬉しいし、優しい。
アリスリアも、現代日本の知識を活かして、キリーアスの生活を手伝った。
共に過ごすうちに、キリーアスの優しさ、温かさ。
そして、何よりも、アリスリアの過去や瞳の色を気にせず。
ありのままを受け入れてくれる彼の存在が、凍り付いたアリスリアの心をジュワリと溶かしていったのだ。
善人と認めざるを得ない。
ある日、キリーアスはアリスリアに真剣な眼差しを向けた。
「アリスリア。あなたの瞳は、夜空に輝く星のように美しい。どうか、そんな瞳を曇らせるような過去に囚われないでほしい」
キザな言葉。
キリーアスの言葉は、アリスリアの胸に深く突き刺さった。
キザでも、嬉しいものだ。
初めて、自分の存在を肯定してくれる人が現れた。
「キリーアス……ありがとうございます」
アリスリアは、初めて心の底から涙を流した。
涙腺、こんなに弱くないけど。
それは、悲しみではなく、温かい感謝の涙だった。
それから数ヶ月後。
アリスリアはキリーアスと共に、彼の故郷である森の奥深くへと旅立った。
移動するというので。
そこでアリスリアは、キリーアスと同じ角を持つ、温厚な獣人たちの村に迎えられた。
善人ってこんなにいるんだ?
彼らはアリスリアの黒い瞳を珍しいとは思ったものの、決して差別することはなかった。
温かい。
アリスリアは初めて、心の底から安らげる場所を見つけたのだ。
永遠に住み着こう。
一方、アリスリアを追い出した白毛のウサギ一族は、混乱と没落の一途を辿っていた。
当主であるアリスリアの父親は病に倒れ。
兄は商売で大きな損失を出した。
婚約者は愛想を尽かし、実家に帰ってしまった。
アリスを無一文で追い出した女。
彼らは、自分たちが犯した過ちにようやく気づき始めていた。
そう、気付いてしまう。
アリスリアの存在が、いかに一族の均衡を保っていたのかを。
後悔の空気が漂う。
そんな中、アリスリアがキリーアスと共に故郷に戻ってきたという知らせが、彼らの耳に入った。
早耳なのだ。
しかも、森の獣人たちと共に。
驚きに息を呑む。
かつて、見下していた異種族との交流を持つアリスリアの姿は、彼らにとって大きな衝撃だった。
いまさら。
アリスリアは、かつての家を訪れた。
それは、決して涙の再会ではない。
出迎えたのは、憔悴しきった母親だった。
遅すぎる後悔が走る。
「アリスリア……どうか、私たちを許しておくれ」
母親は涙ながらに懇願したが、アリスリアの表情は冷ややかだった。
バカ言うなと。
「許す?あなたたちは、私を不吉だと蔑み、冷たい言葉を浴びせ、雪の中に追い出した。あの時の私の気持ちが、あなたに分かりますか?赤の他人様」
アリスリアの言葉は、母親の胸にグサっと、ツノのように突き刺さった。
当然の帰路。
そこへ、兄が顔を青ざめて現れる。
「アリスリア!頼む、一族を救ってくれ!お前にしかできないんだ!」
悲鳴がこだまする。
「私にしかできない?ふざけないでください。あなたたちは、私を必要としなかった。今更、都合の良いことを言わないで。自分がされたら恨むくせに」
アリスリアは冷たく言い放った。
ずばりと言い返す。
彼女の隣には、静かに佇むキリーアスの姿があった。
ついてきて欲しいと頼む前に、ついてきてくれることは自然と決まっていたのだ。
その堂々とした姿は、アリスリアの強い心の支えとなっていた。
アリスリアは、かつての家族に、そしてかつての自分自身に別れを告げた。
さようならと言うために。
彼女はもう、あの虐げられていた弱い少女ではない。
彼らはおそらく、己を昔のまま記憶している。
温かい愛を知り、かけがえのない仲間たちと共に、新しい人生を歩み始めているのだ。
彼らは簡単に許して欲しいと言えるのがその証拠。
白毛のウサギ一族は、アリスリアの拒否に絶望した。
彼女は当たり前でしょとバカにする。
自分たちが犯した罪の重さを、今になってようやく感じた。
「二度と会わない」
アリスリアはキリーアスの手を取り、森の仲間たちの元へと帰っていった。
「そんなっ」
彼女の背中には、過去の鎖はもうない。
「まっ、待ってくれええええ」
「許して!」
未来への希望に満ちた、足取りだった。
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