揺れる気持ち
「ね、じんちゃん。目腫れてる?」
不意にそう聞いてきたのはおかぴーだった。その言葉にびくりと肩を揺らす。
「え…、なんで?」
昨日少しだけ泣いたから。
でも腫れているなんて分からない。今日出勤しているみおさんにも、お客様にもバレていない。声だって一昨日と同じだし、テンションだって一昨日と変わらない。
ただ身界さんが退職した。それがあるか無いか。それだけの違いだ。
「え?だって…、泣いたでしょ?昨日」
私は言葉を飲んだ。
なんで、今その言葉を言うんだろう。休憩が終わるまであと5分なのに。泣いたとバレたく無かった。誰にもバレないと思っていたのに、なんでバレたんだろう。
「……やだな。泣いてないよ」
「嘘吐くなよ、どうせ身界さんのことでしょ?」
あぁ、もう。だからどうして今、それを言ってくるんだろう。あと残り3分なのに。
「……………休憩終わるから行くね」
無理やりおかぴーを押し退けてバックヤードを飛び出し、店に戻る。
「……いらっしゃいませー」
ほら。
普通に声が出るじゃん。普通じゃん。いつもと変わらない。大丈夫。
おかぴーからの言葉を振り払うように、接客や電話対応に没頭した。
___
「今日、ちょっと付いてきて」
退勤後、おかぴーはそんなことを言い出した。最近は決定事項として言ってくることが多い。
「え、やだよ。疲れてる」
「どうせこのあと暇でしょ?いいから…」
有無を言わさず連れて来た場所はUFOキャッチャーだった。周りがガヤガヤとしている中、私は頭がクエッションマークでいっぱいだった。
「え?え?ここなの?」
「じんちゃん、欲しいのどれ?」
質問を質問で返され、会話が成り立っていない。とりあえず好きなものを選べと急かしてくる。
「え?え? ねぇ、意味がわかんない」
「えー、じゃあもういいよ。これね」
さっきからずっと、会話が成立していない。私の言葉が聞こえていないかのように、目の前のUFOキャッチャーを始めた。
2.3回商品の場所やアームを確認し、コインを入れてアームを動かした。
正面からアームを見て、商品を確認しアームを下ろした。
「……よし」
おかぴーは小さくそう呟いた。
アームが引き上げられるのと同時に商品も引っかかっていた。
「え、すご……」
副店長だったというのは、やっぱり本当だったらしい。そんな簡単に、あっさりと取れてしまう人は初めて見た。空いた口が塞がらない。その言葉がそのままぴったり当てはまるかのように、私は口を押さえていた。
「はい、一個目取れたー」
音を立てて出て来た商品をニコニコと嬉しそうに持つおかぴー。それを私の目の前に出し、そっと渡した。
「…え?一個目ってどういうこと?」
「いいじゃん、次いこー」
頭の中が再びクエッションマークになりながらも、私はついて行くしかなかった。
___
「…ありがとう、今日は」
「いいえー」
ニコニコと笑うおかぴーに、ほんの少しだけ思ってしまった。
その瞬間、おかぴーはフッと笑った。
「そんな悲しそうな顔しないで。また会えるでしょ?」
そう言って頭を撫でた。
「………」
寂しいと思った瞬間に、そんな言葉を言うのは反則だと思う。そして、頭を撫でるのも反則だと思う。
いつも、いつも勝てないと思うのに。仕事でいつも小馬鹿にしかしてこないのに。
どうしてここぞっていう時に気付くの。気付かなくていい気持ちに先に気付くのなんて、反則だ。
「……おやすみ、気をつけて帰ってね」
この先の気持ちに気付きたくなくて、また逃げるように私は寮に入った。




