1ミリも勝てない
「じんちゃん、おかぴーどう?」
「おかぴー?誰ですか?」
「岡登米さん。長いじゃん?だからおかぴー。ねぇ、おかぴー!!」
横にいた佐々木さんはなんの前触れもなく、そんなことを言い出し、朝の掃除をしていた岡登米さんに歩み寄っていく。
近付いてきた佐々木さんに岡登米さんは寄るな。というような表情をした。
「うるさい、ふとし。早く準備してー」
岡登米さんは棒読みでそう言い返している。そういえば、2人は同い年だったことを思い出す。数週間でそんなに仲良くなったのかと驚いた。
岡登米さんに邪険にされた佐々木さんは落ち込みながら再び私の横に来た。
「で?どうなの?おかぴー」
「……どうって……、」
初日のレジの一件でも分かっていたけど。やっぱり岡登米さんは出来る人だった。私が何も言わずともお客様と楽しく会話をこなし、レジや電話対応なども問題がない。
「凄いよね。あんな凄い子なかなか入ってこないよ?頑張れ先輩」
佐々木さんの最後の″先輩″には語尾に星マークでも付けたように、声を高くし肩を叩いてきた。
ますます私のダメさが分かってしまう。お客様からのクレーム対応を未だに上手くできず、接客して買ってもらうという流れが上手く掴めない。説明はするものの、納得はしてくれるものの、それで帰ってしまう人が多い。
「えー、そうなんですか!それはお客様のせいじゃないですよ」
気付けば店がオープンしており、開店1時間ほどで岡登米さんは何かをレジに持っていっていた。
あれは、5,000円するやつだ。心の中でそう思って落ち込む。そして、スマートにレジに打ち込む。さらに凹む。
岡登米さんと急に目が合った。数秒、見つめて小声でこう言った。
「ねー、ねー。じんちゃん」
「……?」
あれ。1週間前までは"甚内さん"と呼ばれていた気がする。いつの間にあだ名になったのか分からない。
「手伝ってー」
そして、ついには敬語が外れている。これはどういうことなんだろう。展開が早過ぎてついていけない。
「……あ、あぁ。うん。」
でもお客様を待たせる訳にもいかない。張り付けた笑みを浮かべながらレジに入り、商品を袋に詰めていく。
「ありがとうございました」
深々とお辞儀をしお客様を見送る。顔を上げた私たちにはあまりにも差がある。清々しいほどの笑みと、ため息を零す私。
何をしているんだろうか、私は。
「……なにー?むくれないでー?」
隣で岡登米さんはニコニコと笑顔を向けながら、そんなことを言ってきた。
こっちはそんな言葉が一番イライラするのに。
「……、というか。なんで敬語じゃないの?おかぴー」
ささやかな反抗として、名前を嫌味っぽく言ってみたけど、やっぱり響いてはいないらしい。
「えー?だって、敬語無しのほうが話しやすいじゃん? 仕事はチームワークでしょ?じんちゃん」
ニコニコと笑みを浮かべながらそんなことを言う。
あぁ、もうダメだ。勝てる気がしない。確かにチームワークは大切だと思う。言っていることも凄くよく分かる。何も言い返せない。
「だからー、むくれないでってば」
「むくれてないー」
全てを見透かしてくるおかぴーに、1ミリも勝てる気がしない。




