彼との出会い
「今日、中途面接に来る人がいるので来たら私に声掛けてください」
店長が朝のミーティングでそう言った。
とある商業施設で小物を販売している。
それが私が今居る場所だ。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
今日も淡々と、いつもの日常が始まるんだろう。そんなことを思いながら、改装して大きくなった店内を少し見回した。
「ね、ね。じんちゃん」
左横で少しニヤニヤと話してくるのは、私の先輩の佐々木さんだ。細身で白く、男性のわりには目が大きい。たまに爆弾発言をするところが無ければ、モテる人ではあると思う。私は嫌な予感を拭えないまま渋々返事をする。
「…はい」
「どんな人だろうねー?」
「さぁ?どうなんでしょうね」
「可愛い子かなー?」
隣で浮き足立つ先輩を横目に、オープン準備を進める。レジに行き、電源ボタンを押す。その間にお金を用意する。
「佐々木さん、早く準備してください」
淡々と話す私に、先輩である佐々木さんは少しむくれて小さくため息を溢す。
こうして、いつもの日常が始まった。
__
「…あの、すみません」
下を向いて作業をしていたら、誰かに声を掛けられた。
「はい」
顔を上げるとスーツを着た男性がにっこりと笑みを浮かべていた。
あぁ、この人はもしかして…。直感でそう思った。
「今日、面談の予約をしていた者なんですが…」
「はい、少々お待ちください」
作業を一時中断し、倉庫品や従業員の一時休憩場所として利用しているバックヤードに向かった。今日はその場所を面接場とするため、数十分前から店長がバックヤードを片付けていた。
「みおさん、面接の方来ました。入ってもらっていいですか?」
「うん、大丈夫ー」
店長であるみおさんは「店長」と呼ばれることを苦手としており、名前で呼んでと言われたことがあるため、佐々木さんを含め″みおさん″と呼んでいる。
バックヤードから店に戻り、男性に声を掛ける。
「ご案内しますね」
「はい」
再度、バックヤードまで行き扉をノックして男性を通してから、ゆっくりと扉を閉めた。
店に戻り一呼吸置いていると、接客を終えた佐々木さんが声を掛けてきた。
「なんだ、男か…」
佐々木さんは、心底つまらなそうな表情と声で落ち込んでいた。
私はふふっ、と笑い「残念でしたねー」と少し楽しむかのように返した。
「まぁね、まだわかんないからね」
佐々木さんがフンと鼻を鳴らすように言葉にして、バックヤードをチラリと見た。
「「…あはははっっ!!!」」
佐々木さんがそう言ったのは、店長のみおさんが笑えば合格?なんてジンクス的なものもあるからだった。
「んー…?大丈夫だと思いますよ?」
ニヤリと笑った私に、再び佐々木さんはつまらなさそうな顔をして、入店してきた男性に接客しに行った。
__
「はい、ということで。今日から入社してもらうことになりました!」
「今日からお世話になります!」
あの面接から2日後。
ニコニコと笑みを浮かべる店長ことみおさんと、少し緊張した面持ちで彼はペコリと頭を下げた。
「甚内さん、新人教育する?」
みおさんから急に声が掛けられた。朝のミーティングをまだ眠い目を擦りながら聞いていた所為だろうか。幻聴を聞いた気がする。
「……え??」
思わず、素の声が出てしまった。入社1年目の11月。青天の霹靂のように、雷に打たれたかのように私は固まった。
「そうですねー、俺は身界さんがいるので…」
「うん、そうだね。もうそろそろ、新人教育もいけるんじゃない?」
身界さんとは、つい2週間ほど前に入ってきた30代男性の新入社員だ。
佐々木さんもみおさんも、何故だか意気投合している。
「はい、じゃあ本日もよろしくお願いします」
そんな形で急に決まった新人教育。事前に言っておいてくれたら、もう少し心の余裕があって先輩感も出せただろうに。初めての新人教育は堂々としていたかったと、少し肩を落とす。
突然決まったことに驚きつつ、バタバタと朝のミーティング時間は終わってしまった。
__
「…あの、よろしくお願いします。甚内です」
「よろしくお願いします、岡登米です」
ぎこちない形で始まる自己紹介に、ぎこちない雰囲気が流れる。初めての新人教育が中途採用なんて。しかも見た目的には歳上に見える。そんなの聞いてない。私の予想ではなかった。平然と装うため頭をフル回転させる。
「…で、まずはレジから教えますね」
「はい、朝来てレジ開けて、お金数えて…、何かに記入するとかありますか?」
「…あ、と……。この下にあるファイルに入出金の表があるから、そこに書いてもらって…」
「はーい、了解です」
あれ。思ったのとだいぶ違う。中途採用と聞いていたけど、もしかしてアパレル経験者とかなのか。更に予想外過ぎて、頭がパニックになってきそうだ。しかも初手からだいぶ言い方を崩しにしてる。
「…あの、岡登米さんって前職は…?」
「ゲーセンの副店長してました」
なるほど。通りで物分かりが良いわけだ。私の新人時代とはまるで違う。私は一言一句メモを取ろうと必死だったのに関わらず、凄く手慣れている感じがする。
「…ちなみに、歳は…?」
「今年24歳です」
「…あ、1つ上ですね」
1つ上で、すでに副店長を経験しているとか。スペックが高い。なんなら、私の教育は不要とさえ思えてきてしまう。岡登米さんをチラリと横目に、内心ため息が溢れる。
こんな状態で大丈夫だろうか。
「甚内さん、書きました。こんな感じでいいですか?」
「……はい。大丈夫です」
まだ何も説明していないはずなのに、内容は完璧だった。金額を書くだけだし、分かるかもしれないけど、こんなにもスムーズなことがあるんだろうか。先輩としての威厳とか、尊敬とか、してもらえるんだろうか。
「次は何すればいいーですか?」
ニコニコと笑みを浮かべながらも、急かしてきていることが分かる。
もうこの時点でこの人は仕事ができる人だと確信し、そして自分自身の新人時代を思い出しあまりにも大きな差に、今度こそため息を溢した。
これが、彼との始まりだった。




