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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第七章 幸せは勝利から
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87.経験

 

 頬と唇の境目くらいに感じた感触。そして初めて見るリーゼロッテの表情に、ブワッと熱い何かが腹の底から沸き起こる。


 なんだその顔は。


 伺うような、不安そうな。でもそれを隠して強がっているのか、唇の形は笑っている……え、もしや、恥じらってるのか? リーゼが!? 俺に対して!?

 とにかく、シュタイナーが見た事のない、物凄くかわいい上目遣いだった。


 その隙を突かれたように、その黒いモヤのようなもの──魔王の種という物だろう──が、シュタイナーに入ってきたのを感じた。


 と、同時に、ふわりと良い気分になる。気が張った時に、酒を飲んでふっと息をついた時のような……ああ、コレだ、という気分。


 これでもう、なんの心配もない。俺のものだ。もう彼女に負けることはない。抱きしめても振りほどかれることもない。


 そうだ、ここから出られないような結界魔法もあったはずだ。後で調べよう。魔術も使えるのだ、彼女を……今度こそは幸せにするのだ。


 この城で二人、永遠に──


 ──そう思った時、目の前のリーゼロッテが揺れた。


「うぅ」

「え、リーゼ!?」


 うめいて、ふらりとその場にしゃがみ込んだ。それを見て我に返り、慌てて自分も屈む。気分が悪いのだろうか。


「うー、なんだか、いろいろ頭から抜けてく……気持ち悪い。でも、忘れないうちに、伝えとかないと。ええと……」


 苦しそうな声で、リーゼはぽつぽつと話す。飛竜から、アーベントレーテは夕方から動くと聞いた事、ノアを王都に帰してあげて欲しいという事。


「そ、それから、たまには私にも魔力分けて……」

「わかった。少し休め」

「まって、一番大事なこと」


 ベッドに運ぼうと抱き上げようとすると、腕を掴まれる。その力は先程までの強化されたものではなく、いつものリーゼロッテのものだった。


「私と、リーゼロッテは、違うし、シュタインと、シュタイナーは違うってわかってるから。ほんと、気にしないで」

「な、なにを」

「魔王には、ならなくていいから……」


 リーゼはそういうと、限界だったのか、ぐったりとシュタイナーに身を預けた。


 何を言っているんだ? 魔王?


 そのまま抱え上げてベッドに寝かせる。掛け布をかけてやると、リーゼは薄目を開けた。


「ありがと……シュタインは、大丈夫?」

「何?」


 その瞬間、頭が痛みだした。考えすぎたり、徹夜して勉強したときのような鈍痛。我慢できる程度だが、痛い……


 ……あれ、なぜ俺はこの部屋にリーゼを連れてきたんだ? いや、ここは俺の部屋だから……いや、ここは幼いときに使っていた部屋で、リーゼと一緒に暮らしていたのは……


 ずきずきと頭が痛む。強烈な違和感に吐き気がする。


 この家に帰ってきてからよく見る夢が、本当にあったこととして頭に流れ込んでくる。


「……これが、本当のシナリオ、というものか?」


 羨ましくも感じた、リーゼロッテを囲う男の立場。しかし、鮮明に浮かぶ彼女の眼差しは、どこかいびつだった。


 ああ、でも。俺はこれを知っている。


 そして、シュタイナーの脳裏に祭壇に横たわるリーゼロッテの姿が映し出される。大剣を胸に受け、花のように崩れる姿。


 なんだそれは。俺が? リーゼを?


 ああそうだ、リーゼに、魔王になってと言われて……いや、さっき、ならなくていいと……


「こ、これの事か?」


 さっき言っていた、「違うってわかってるから。ほんと、気にしないでね」。


「リーゼ、お前……」


 リーゼロッテの亡骸を抱きしめて号泣する記憶。胸が張り裂けそうで、自分が許せなくて、そしてそれから、世界は色を失った。……そんな記憶が蘇ってくる。


 そのつらさに涙があふれそうになり、慌ててベッドの彼女を見る。どうやら気持ちが悪いのは落ち着いたようだった。こちらに心配そうな双眸を向けている。


 まっすぐな、自分を信頼している瞳。そうだ、これが、──俺のリーゼだ。


「シュタイン、どうした? 具合悪いの?」


 この記憶ごと俺に渡して、シナリオはすっかり忘れてしまったのだろう。


 ……その方がいい。面白いものではない。


 シュタイナーはリーゼロッテを安心させようと無理にほほ笑む。


「大丈夫、少し頭が痛いだけだ。すぐ治る」


 でもなあ……


 ベッドから見上げる心配そうな眼差しに、さっき見せた様な愛らしさはない。

 それでも、その気遣う様な上目遣いに、手を伸ばしそうになる。気取られないように、必死で耐えた。


 これを、気にするなと言うのは、難しいぞ……



 ++



「なあ、本当に大丈夫か? 顔がまだ青い」

「問題ない。頭痛は収まった」


 けろりとしたリーゼロッテが、心配そうに顔を覗き込んでくる。その顔は確かに自分……いや、シナリオのシュタイナーの最愛の妻だったが、あまりにも表情や雰囲気が違う。あと、筋肉。


 おかげでなんとか別人ととらえる事が出来そうだった。それでもふとした瞬間に、抱きしめて許しを請いたいという衝動に襲われる。そんなことをしても、もうシナリオを忘れたリーゼを、困らせるだけなのに。


 それよりも、やらなければならない事がある。


「もうすぐ夕方だ、あまり悠長にしていられないだろう」

「? 夕方から何かあるの?」

「アーベントレーテ=バオムは夕方から夜にかけて力を発揮する。夕方になれば、魔物がこちらに向かってくる。……今日は一日目だ、襲ってくるのは小物だ。鳥は少し厄介だが」


 確かに、アーベントレーテ=バオムの魔法を止めたのはシュタイナーだった。どのように襲ってくるのかが分かるのは有利だ。


 だからリーゼロッテはシュタイナーに魔王の種を渡したのだろう。一度やって、勝っているのだ。負けるわけがないし、先が分かるなら被害を押さえられると思ったのだろう。

 ……しかし……困った事が一つ。


 ……俺はその、大規模魔法を使えない


 なんの魔術で撃退したかは分かった。いくつもの複雑な魔術を使い、精霊たちに力を貸してもらっていた……のだが


 道場に行かなかったシュタイナーは、魔法の勉強に明け暮れていた。魔石と魔道具を代わりにして、実験を繰り返した。しかし。


 俺は、その努力は、していない。


 魔石を取るために東の森を駆けまわった。何処に何があり、何が住んでいるのかも把握していた。ついには精霊に気に入られて話すようにもなった。しかし。


 俺は、その経験は、していない。


 リーゼは、魔王の種を持った自分ならなんとかできると思っていたのだろう。しかし、その目論見は外れたのだ。


「……リーゼは飛竜で、王都に戻ってくれ」

「なんで。私も戦うよ」

「リーゼにしか頼めない事がある。王都に状況を」

「それならノアでもできるだろ、手紙を持たせて」


「いいから」


 シュタイナーは、覚悟を決めて、リーゼロッテに笑って見せた。


「ここは、俺が何とかする」


 大丈夫だ。──他の努力と経験は、している。


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