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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第七章 幸せは勝利から
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85.魔力の匂い

 

「ただいま~」

「あ、リーゼっ」


 シュタインの部屋に戻ると、なぜかシュタインは一人、部屋の中をうろうろし、そわそわしていた。

 きょどきょどと目が泳いでいる。心なしか顔が赤いような……


「どうしたの?」


 なにかやらかしたのだろうか? 気になって近づくと、シュタインは後退る。


「なんだよ……」

「い、いや、……その。ちょっとすまん!」


 ごくりと唾をのんで、私の肩をがしっと押さえた。そして意を決したように顔を近づけてくる。


「え、なに?」


 近づいてくる顔に思わず目をつぶるが、唇や頬には何も触れず……いや、触れてほしいわけじゃないが……シュタインの高い鼻が、耳のあたりをかすめた。


「ひゃ」

「……ちがうよなあ」


 ぼそりとつぶやいた声は妙に冷めている。

 薄目を開けて様子を伺うと、シュタインは私の首筋のあたりに鼻を寄せて、ふんふんと犬のように匂いを嗅いでいた。

 ……恥ずかしいというか……なんかムカついて、肩に置かれた手をひねり上げてやる。


「いててて」

「突然なんなんだよ、失礼だなあ!」

「い、いや、なんだか、匂いが」

「匂い!? 臭いってか!?」

「そうじゃなくて!」


 シュタインは私の手を振りほどく。痛そうに手を振りながら、不思議そうに首を傾げた。


「さっきから……なんだかリーゼの匂いがするような気がして。リーゼが……その、特に匂うわけじゃないよなあと」

「気持ち悪……」

「いや! 臭いのではない! 良い匂いではあるのだが!」

「気持ち悪っ!」

「す、すまん」


 あわあわと弁解して墓穴を深くしたシュタインは、がっくりとうなだれた。


 しかし、私の匂い。……心当たりはあるな……


「私の魔力だよ。さっき分けたんだ。だから……」


 ノアの魔力を分けてもらっている時は、ノアの匂いがしていた。

 つまり、あの時のように、シュタインは私の匂いを纏っていると言うことか。


「その匂い、自分からするだろ……」


 慌てたように、シュタインは自分の腋に鼻を近づけた。


「本当だ……」


 くんくんと不思議そうに匂いを嗅いでいる。……なんか、恥ずかしいな……


「しかし、魔力だと? リーゼの?」

「魔王の種で魔力を得たんだ。そう、それで、次はシュタインに渡そうと思って」

「渡す? 何を?」

「魔王の種」

「なんだそれは」

「……渡すと忘れちゃうみたいだから、今のうちにいろいろ説明しておくね」



 長くなるから、と、テーブルに向かい合う。


 ここにジークお兄様がいればお茶を入れてくれたと思うが、あいにく気の利く人間はいない。マーサもノアも、まだ迎えに行っていない。

 グラスに水を入れただけでも褒めてもらいたい。


「教えてもらった研究室で、魔力が欲しいと願ったんだ。そして魔王の種というものを知った。それがあれば魔力が手に入ると」

「そんなことあるのか? 後天的に魔力が身に付くなんて」

「うん。それを貰って、私は今、自分の魔力を持っている。しかも人にも供給できて、使っても減らないみたい」

「うむ……」


 シュタインは眉を八の字にして腕を組んだ。


 うちに来る前のシュタインは魔力を得ようと相当頑張っていたと言っていた。シナリオだとそれが実を結んで、魔王の種を手にすることになるのだろう。


「信じられないが……リーゼが言うならそうなのだろうな」

「だから、この魔王の種をシュタインにあげる。シュタインも魔力を探していただろ」

「いや、要らない。俺はもう魔力が欲しいとは思っていない」


 難しい顔のまま、口をへの字にしてシュタインは唸る。シュタインは納得しきれてなくて少し不満な時、こういう顔をする。


「本当は、シュタインが見つけるはずだったんだ。だからシュタインが持ってた方がいいんだよ」

「本当は、とは?」

「本当は、シュタインはここで育って、魔王の種を手に入れて、稀代の大魔法使いとなるはずだったんだ。それで、東の森の魔物を退けて、英雄になる」


 シュタインはさらに眉間にしわを寄せた。不満そのものの顔をしている。しかし私もあきらめるわけにはいかない。何とか伝えようと、さらに言葉を重ねた。


「本当のシナリオってのがあるんだ。魔王の種っていうのはどうやらそれを進める役割があるらしい。その”シナリオ”では、この事件を終わらせたのは、大魔法使いのシュタインなんだよね。だから、シュタインが魔王の種を待てば、東の森の魔物は退けられるはずだ」

「何を言っているのか、さっぱりわからん……」

「ええと、だから、この魔王の種をシュタインが持てば、この事件は解決するんだって」


 シュタインはつまらなさそうにため息をついた。


「アイテム? 薬か? そんなものがなくても何とかする」


 ああ、伝わらない!!


 もう無理に魔王の種を押し込んでやろうか。……と思ったが、それも難しそうだ。

 魔王の種は欲望に反応する。欲望がなければ、受け入れられない。


 少しでも魔法を欲しがってくれれば……私は頭を悩ませる。生徒のやる気を出すときには、どんなことをしたらよかったっけ?

 

 ああそうだ。


 簡単な技をやってみて、成功体験を積ませるのだ。

 やってみてできれば、もっとすごいことをやってみたくなるはずだ。


「シュタイン、魔法、使って見せてよ」

「魔法?」

「今、シュタインの身体には私の魔力がある。使えるはずだよ、シュタインなら。魔法見せてよ!」


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