81.後継問題
私が宣言すると、廟の中は静まり返ってしまった。
しかし、私の言葉よりも、魔力が感知できる皆様にとってはあり得ないことが起こったようで、目を丸くしてシュタインに注目している。
「……ハハハッ!」
その沈黙を破ったのは、ジークハルトの笑い声だった。腹を抱えてひーひーと楽しそうに大笑いし、ついにはゲホゲホとむせている。
ジークハルトってこんな風にも笑えるんだな、と、少し意外に思う。
「そうだね。私は異論はない。それで良いよ、いや、それがいいな」
とても嬉しそうな声だった。身が軽くなったように軽い足取りで、精霊書士の元を離れこちらにやってくる。そして、にっこにっこの笑顔で私たちの後ろに回り、シュタインの背中を押した。
「決まり通りなら、それが一番」
「え、いや」
「私たちは、認めてくれればそれでいいんですけど」
ぐいぐいと精霊書士の前に突き出し、私たちの耳元に小さな声で言う。
「どんなカラクリか知らないけど、バレる前に契約してしまいなさい……そうすれば、後はお兄様が何とかしてあげよう」
そしてあっけにとられている家族にさっぱりとした笑顔を向けた。
「そう言う事になりましたので、良いですよね、父上」
「ば、馬鹿な事を言うな!」
「シュタイナーに魔力があれば、もう何も言えないでしょう。なにかありますか、しきたりを覆す言い訳が」
「ぐ……ぬぬ」
「シュタイナーは、一人で王都に出て、自分の力で聖冠騎士に上り詰めた。自分の力でリーゼロッテさんを手に入れた。認めなければ、……父上の器の小ささが世に知られてしまいますよ」
口をぱくぱくと開けたり閉めたりしているクラウゼヴィッツ卿を諭すように言って、ジークハルトは精霊書士の前の机に私たちを立たせる。
「精霊書士殿、そういうことで、新郎は私ではなくシュタイナーになりました。予定通り、続けてください」
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さて、困ったことになったぞ。
皆が見ているところで二人の結婚を宣言し、式をぶち壊し、二人の結婚に文句を言わせないようにする、というのが計画だったのだ。魔力をシュタイナーに供給したのは、ジークハルトがこだわってるから、その方が話が早そうだったからだ。
そのこだわりが、このような事になっているのだが……
ジークハルトはスッキリした顔をしている。厄介ごとを押し付けられてホッとしたのだろう……が、そうなると別の問題が……
このままじゃ、シュタインが次期当主という事になる?
しかし、私はそれも有りのような気がしていた。父は残念がるかもしれないが。
私が知っている、シナリオのシュタイナー・クラウゼヴィッツ卿は、この荘厳な城の当主にふさわしい男だった。少なくとも、他の家族よりは遥かに。
……もしかすると私は魔王の種に、シナリオを進めるように思わされているのかもしれない。シュタインがこの城の主になって、ここで一緒に暮らすのも、そう悪くはない気がしている。
隣に並ばされたシュタインを横目で見上げると、シュタインもこちらを横目で見ていた。その目は予定外のことに対する驚きの目だったが、花嫁姿の私を映す瞳は、少しだけ嬉しそうだった。多分私も同じような顔をしているだろう。
どうする? 逃げる? このまま続ける?
……しかし、どうも足が動かない。この古風で慎ましい美しい建物、独特な雰囲気に、聖冠騎士の正装をバチバチにきめたシュタインは……まあ、格好よくて……少し見ていたいと思ってしまったのだ。
「リーゼロッテはシュタイナーと婚姻する事により──」
精霊書士の声が響く。サラサラと書面に、文字が刻まれていく。
──ドン! バタン! バタン!
突然、大きく叩きつける音がした。
あまりの音に、精霊書士の手も言葉も止まる。
見ればアデルハルトが無理に動こうとして倒れたようで、陸に引き上げられた巨大な魚のように、無様に暴れていた。
「ガ、ゥア……!」
顔は怒りで赤く染まり、血走った目を見開いている。声を出そうと、口をぱくぱくしているのも魚のようだ。
ローブが捲り上がり、中に拘束具が見えた。スーツの上から雁字搦めに縛り上げられ、罪人のように魔法封じが施されている。
ここまでして列席させることもなかったのではと、思った時、目の端で、クラウゼヴィッツ卿が、ちらりと、指を動かした。
「ああああー!!!」
その時、大声とともに、ばつん、と、大きな音がして、アデルハルトの身体が破裂したように見えた……
……ちがう、拘束具があたりに飛び散っただけだ。アデルハルトは拘束具を引きちぎり、怒りに満ちたどす黒い顔でゆっくりと立ち上がった。
「ゆ、ゆるさん、お前ら……私を、バカにしやがって……!」
「アデル! 落ち着いて」
「うるさい! 裏切りやがって!」
ジークハルトは咄嗟に障壁を構築したようだったが、アデルハルトが一喝しただけで、吹っ飛ばされた。怒りでコントロールができていないのか、前回対峙した時よりも渦巻く魔力が格段に多い。
「お前ら、全員許さん……私を、私を虚仮にしたことを、後悔させてやる」
アデルハルトを抑え込んでいた魔法騎士は、クラウゼヴィッツ卿を守るように立って障壁を展開している。
……アデルハルトを暴走させて、有耶無耶にするつもりか?
「お前の家族、本当にお前の家族か?」
ついシュタインにぼやいてしまった。シュタインは小さい頃は確かに乱暴だったが、努力家で真面目で素直、と、騎士団の上司にも評判が良いほうだったし。なんでこんなに違うんだよ……
「……恥ずかしい。すまん。だがまあ、この方が計画通りだ」
「……だな」
これで後継ぎ問題も有耶無耶になりそうだ。
そう思って切り替えて、私はドレスを脱ぎ捨てる。シュタインも腰の剣を抜いた。




