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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第七章 幸せは勝利から
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80.宣言


 廟の扉を開け放ち、シュタイナーは大声で宣言した。


「聖冠騎士、シュタイナーだ。王国からの特命でこの地を調査している。そこのリーゼロッテは私の補佐のために同行した私の婚約者だ。それを計略を用いて奪うとは、クラウゼヴィッツ家は国を謀り、何を企んでいる!」


 よし、リーゼが考えた通りに言えたはずだぞ、と、口上を終えて少しホッとする。


 その理屈は少し無理があるのではと言ったのだが、「シュタインなら勢いで行けば大丈夫、なんか迫力があるし」とおだてられた。


 庭の来賓達がどよめく。


「なんですって、聖冠騎士の婚約者?」

「聖冠騎士といえば、王の直属の騎士だろう」

「企むって、何を……まさか、国へ何かするつもりなのか?」


 とりあえず、嘘はつかず、王家に叛意ありっぽい感じを匂わせる、という目的は達成されたようだ。


 リーゼロッテのベールの隙間から、いたずらっ子のような、愉しそうな蒼い目が見える。

 彼女が纏っているのは、この地の伝統的な花嫁衣装。兄の隣に立つその姿を見て、怒りにカッと身体が熱くなった。


 だからこの作戦は嫌だったんだ!

 俺は!自分で決着をつけると言ったのに!


 昨夜の作戦会議。一人で行くと言ったシュタイナーに、「また丸め込まれたら、どうするんだよ」と、リーゼロッテは言ったのだ。

 ……心配そうな顔をしていたが、目の奥がキラキラしていたから、思いつきを実行したいというのが本心だろう。


 しかし、失態続きは自覚している。「俺を信じろ」とは、言いきれなかったのだ。


「お、おい、なんだ!」


 声を上げたのは父だった。

 相変わらず華美な服装だ。主役にはありきたりな白いタキシードを着せて、新郎の父がそれよりも派手にぎらぎらと着飾って、恥ずかしくないのだろうか。


 そう考えて、ふと、違和感に気が付く。この人はこんなに小さかっただろうか。


「お、お前には王都に行けと命じただろう! なぜここにいる!」

「言われた通り、行ってきました。それで、あなたの『計画』を知ったんです」


 何も知らない来賓達が、どよどよと「計画?」「何が動いているのか?」と、憶測を広げている。


「ばかな、どんなに急いでも、そんなに早く戻れるわけがない!」

「皆が助けてくれたのです。飛竜も俺を選んでくれた」


 あんなに避けたかった父の怒りも、キャンキャンと子犬が吠えているくらいにしか感じない。


 そして、唐突に気がついた。

 ──俺はもう、この人より強い。


 肩に少し生臭い息がかかる。飛竜が扉から顔を差し入れて、シュタイナーの後ろについてくれたようだ。


 父は飛竜を見て動揺したのか、怒鳴る声がひっくり返った。


「な、何を考えている!」

「それはこちらのセリフだ。大人しくこの茶番を撤回し、リーゼを返せ! さもなくば」


 腰に剥いだ剣をかちゃりと鳴らして見せる。


「身内の恥だ、聖冠騎士の俺が自ら切り捨ててやろう」


「ぐゥ……」


 父の、自分と同じような色の目を睨みつけてそう言うと、気圧されたのかついに黙った。

 シュタイナーはリーゼロッテの隣に視線を移す。


「兄上、そこをどいてください。リーゼの隣は俺の居場所だ」

「あ、私?」


 ジークハルトは急に話を振られて驚いたようだった。一番の当事者だというのに他人事のようだ。そしてその、他人事のような顔でさらりと続けた。


「うーん、でもね、シュタイナー。ここまでの女性はなかなか見つからない。だから仕方ないよ」


 弟を諭す目は、少し疲れているようだった。


「お前もこの家の人間だ、わかるだろう。そういうことになってるから」


 その理屈も今はおかしいと思う。この家は古く、シュタイナーも、幼い頃はしきたりには従うものだと思っていた。でもそれは、理屈もなく、誰かを不幸にしてまで守るべきものだろうか。


「リーゼロッテさんも、私のほうを選んでくれたしね」


「いいえ」


 シュタイナーが反論する前に、リーゼロッテのよく響く声がきっぱりと否定した。


「二人のうちどちらがマシか、と聞かれたから、そう答えました。でも、兄弟は三人だ。シュタインもこの家の人間なのでしょう?」


 ふわりとドレスを翻し、リーゼロッテはシュタイナーに駆け寄る。そして腕に手を添えて寄り添った。

 ジークハルトは呆れたように目を細めて、リーゼロッテに疲れた声をかける。


「その態度は良くないのでは? 君の従者達が悲しむよ」

「いえ、二人とも大喜びしますよ」


 腕を掴むリーゼロッテの手が、熱くなった気がする。そこから熱が移ってくるようだった。

リーゼロッテは仲の良さを見せつけるように、腕を絡め、コテンと頭をシュタイナーの肩に当てた。


 「お、おい、リーゼ」


 シュタイナーは内心戸惑っていた。


 作戦は、来賓や書士がいる所でこの結婚式の欺瞞をはっきりさせ、抵抗してきたら返り討ちにしてやろうというものだった。


 この態度は、う、嬉しいは嬉しいが、皆の前ではどうしたら良いか反応に困る。


 しかし花嫁を奪われた形のジークハルトは、特になんとも思っていないようで、我儘な子供を前にしたように、ため息をついた。


「説明したでしょう。シュタイナーはだめだ」

「なぜ? 三人兄弟でしょう」


 ──?


 急に、リーゼロッテの匂いが濃くなった気がした。一緒に走り回って、汗だくになって転がった時の、……シュタイナーを苦しめる、あの甘い匂い。


 風呂に入ってない事はないよなあと、つい、鼻をひくつかせていると、ジークハルトがため息をつく。


「本人に魔力が無いのだから、候補に入っていない」

「魔力があれば良いんでしょう? ……ほら」


「……?」


 ジークハルトが怪訝な顔でシュタイナーを見る。


「結構ある方じゃないですか?」

「どういう事だ……?」


 ジークハルトだけではなく、父もアデルハルトも、その後ろの魔法騎士も、同じような、信じられないものを見るような目でシュタイナーを見る。


「リ、リーゼ? 何かあったのか? 俺は何もしていないのだが」

「シュタインは気にしなくていいよ」


 異様な空気に、リーゼロッテに囁けば、ベールの隙間から笑いを含んだ小さな声が返ってくる。


 そしてリーゼロッテはおもむろにベールを剥ぎ取り、高らかに宣言した。


「私は、シュタイナーを選ぶ。文句があるなら、私達二人を倒してみろ!」


 ぽかんとする列席者──自分も含めて──を見て、満足げにリーゼはにっこりと笑った。


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