80.宣言
廟の扉を開け放ち、シュタイナーは大声で宣言した。
「聖冠騎士、シュタイナーだ。王国からの特命でこの地を調査している。そこのリーゼロッテは私の補佐のために同行した私の婚約者だ。それを計略を用いて奪うとは、クラウゼヴィッツ家は国を謀り、何を企んでいる!」
よし、リーゼが考えた通りに言えたはずだぞ、と、口上を終えて少しホッとする。
その理屈は少し無理があるのではと言ったのだが、「シュタインなら勢いで行けば大丈夫、なんか迫力があるし」とおだてられた。
庭の来賓達がどよめく。
「なんですって、聖冠騎士の婚約者?」
「聖冠騎士といえば、王の直属の騎士だろう」
「企むって、何を……まさか、国へ何かするつもりなのか?」
とりあえず、嘘はつかず、王家に叛意ありっぽい感じを匂わせる、という目的は達成されたようだ。
リーゼロッテのベールの隙間から、いたずらっ子のような、愉しそうな蒼い目が見える。
彼女が纏っているのは、この地の伝統的な花嫁衣装。兄の隣に立つその姿を見て、怒りにカッと身体が熱くなった。
だからこの作戦は嫌だったんだ!
俺は!自分で決着をつけると言ったのに!
昨夜の作戦会議。一人で行くと言ったシュタイナーに、「また丸め込まれたら、どうするんだよ」と、リーゼロッテは言ったのだ。
……心配そうな顔をしていたが、目の奥がキラキラしていたから、思いつきを実行したいというのが本心だろう。
しかし、失態続きは自覚している。「俺を信じろ」とは、言いきれなかったのだ。
「お、おい、なんだ!」
声を上げたのは父だった。
相変わらず華美な服装だ。主役にはありきたりな白いタキシードを着せて、新郎の父がそれよりも派手にぎらぎらと着飾って、恥ずかしくないのだろうか。
そう考えて、ふと、違和感に気が付く。この人はこんなに小さかっただろうか。
「お、お前には王都に行けと命じただろう! なぜここにいる!」
「言われた通り、行ってきました。それで、あなたの『計画』を知ったんです」
何も知らない来賓達が、どよどよと「計画?」「何が動いているのか?」と、憶測を広げている。
「ばかな、どんなに急いでも、そんなに早く戻れるわけがない!」
「皆が助けてくれたのです。飛竜も俺を選んでくれた」
あんなに避けたかった父の怒りも、キャンキャンと子犬が吠えているくらいにしか感じない。
そして、唐突に気がついた。
──俺はもう、この人より強い。
肩に少し生臭い息がかかる。飛竜が扉から顔を差し入れて、シュタイナーの後ろについてくれたようだ。
父は飛竜を見て動揺したのか、怒鳴る声がひっくり返った。
「な、何を考えている!」
「それはこちらのセリフだ。大人しくこの茶番を撤回し、リーゼを返せ! さもなくば」
腰に剥いだ剣をかちゃりと鳴らして見せる。
「身内の恥だ、聖冠騎士の俺が自ら切り捨ててやろう」
「ぐゥ……」
父の、自分と同じような色の目を睨みつけてそう言うと、気圧されたのかついに黙った。
シュタイナーはリーゼロッテの隣に視線を移す。
「兄上、そこをどいてください。リーゼの隣は俺の居場所だ」
「あ、私?」
ジークハルトは急に話を振られて驚いたようだった。一番の当事者だというのに他人事のようだ。そしてその、他人事のような顔でさらりと続けた。
「うーん、でもね、シュタイナー。ここまでの女性はなかなか見つからない。だから仕方ないよ」
弟を諭す目は、少し疲れているようだった。
「お前もこの家の人間だ、わかるだろう。そういうことになってるから」
その理屈も今はおかしいと思う。この家は古く、シュタイナーも、幼い頃はしきたりには従うものだと思っていた。でもそれは、理屈もなく、誰かを不幸にしてまで守るべきものだろうか。
「リーゼロッテさんも、私のほうを選んでくれたしね」
「いいえ」
シュタイナーが反論する前に、リーゼロッテのよく響く声がきっぱりと否定した。
「二人のうちどちらがマシか、と聞かれたから、そう答えました。でも、兄弟は三人だ。シュタインもこの家の人間なのでしょう?」
ふわりとドレスを翻し、リーゼロッテはシュタイナーに駆け寄る。そして腕に手を添えて寄り添った。
ジークハルトは呆れたように目を細めて、リーゼロッテに疲れた声をかける。
「その態度は良くないのでは? 君の従者達が悲しむよ」
「いえ、二人とも大喜びしますよ」
腕を掴むリーゼロッテの手が、熱くなった気がする。そこから熱が移ってくるようだった。
リーゼロッテは仲の良さを見せつけるように、腕を絡め、コテンと頭をシュタイナーの肩に当てた。
「お、おい、リーゼ」
シュタイナーは内心戸惑っていた。
作戦は、来賓や書士がいる所でこの結婚式の欺瞞をはっきりさせ、抵抗してきたら返り討ちにしてやろうというものだった。
この態度は、う、嬉しいは嬉しいが、皆の前ではどうしたら良いか反応に困る。
しかし花嫁を奪われた形のジークハルトは、特になんとも思っていないようで、我儘な子供を前にしたように、ため息をついた。
「説明したでしょう。シュタイナーはだめだ」
「なぜ? 三人兄弟でしょう」
──?
急に、リーゼロッテの匂いが濃くなった気がした。一緒に走り回って、汗だくになって転がった時の、……シュタイナーを苦しめる、あの甘い匂い。
風呂に入ってない事はないよなあと、つい、鼻をひくつかせていると、ジークハルトがため息をつく。
「本人に魔力が無いのだから、候補に入っていない」
「魔力があれば良いんでしょう? ……ほら」
「……?」
ジークハルトが怪訝な顔でシュタイナーを見る。
「結構ある方じゃないですか?」
「どういう事だ……?」
ジークハルトだけではなく、父もアデルハルトも、その後ろの魔法騎士も、同じような、信じられないものを見るような目でシュタイナーを見る。
「リ、リーゼ? 何かあったのか? 俺は何もしていないのだが」
「シュタインは気にしなくていいよ」
異様な空気に、リーゼロッテに囁けば、ベールの隙間から笑いを含んだ小さな声が返ってくる。
そしてリーゼロッテはおもむろにベールを剥ぎ取り、高らかに宣言した。
「私は、シュタイナーを選ぶ。文句があるなら、私達二人を倒してみろ!」
ぽかんとする列席者──自分も含めて──を見て、満足げにリーゼはにっこりと笑った。




