77.感動の再会
前半シュタイナー・後半リーゼロッテです
飛竜の背の上で、シュタイナーは驚きと感謝で胸がいっぱいだった。
飛竜は東の森に向かい、溢れるような星空をほぼまっすぐ、とてつもないスピードで行く。
シュタイナーの所属する第七師団は辺境の魔物対応も行う。だから飛竜に乗る機会も多い。
飛竜に乗るのも、先頭を飛ぶのも日常になっていたので、先日のリーゼの喜びようは新鮮だった。
そのシュタイナーも、飛竜の本気の飛行には、ただただ感動した。
飛竜は、普段は契約の元、事前に頼まれた事しかやらない。しかも人間側は竜師が対応するから、現場で必要なことが伝わってなかったりする。
以前、休憩を一度も入れてもらえなかった時は本当に困った。
飛竜の長はシュタイナーを乗せ、最善のルートで最適なスピードで飛んでくれている。
夕闇の中は山の影に入らないように高度を上げ、完全に日が落ちた後は、たまに見える街の明かりを追うように航路をとった。
鞍の性能もあるが、ほとんど揺れもない。自分が飛んでいるのではなく、周囲が動いているように感じるほどだ。
そしてこの速度。
到着は夜中だと思っていたが、これでは日が変わる前には到着しそうだ。
朝方に、使用人が起き出すまで森に潜んでいるつもりだったが、これなら夜中のうちにリーゼを助けられるかもしれない。
──見えた
白い山肌が月明かりに浮かび上がる中、麓の黒々とした森の中に、ぼんやりと浮かぶ城。
魔物の侵入を防ぐ高くて堅牢な城壁が重なり、いくつかの尖塔が突き出している。古い作りの、すでに森の一部になっているような城だ。
目を凝らすと、松明の灯りが城壁を行ったり来たりしている。見張にしては慌しい。
リーゼロッテに何かあったのだろうかとヒヤリとする。
「飛竜の長、城に……おわっ!!」
声をかけた時、飛竜は急にグゥンと高度を下げた。身体の中身が浮き上がるような感覚があって、思わず唾を飲み込む。
低空飛行で森の影に入り、城の東側に潜むように回り込み、城の東にある湖のほとりに降りた。
城の様子を上から見たかったが、ここからなら裏手から侵入できる。
慌てて鞍から飛び降り、飛竜の首に括りつけた荷物を外そうとした時、
『・・・・』
飛竜は、シュタイナーをまったく気にせず、荷物をばら撒きながら首を逆に巡らせた。
そちらには釣りをするときなどに使う小さな小屋がある。窓の中で、小さく蝋燭の火が揺れているのが見えた。飛竜は小屋に向かって、何か言葉を発したようだった。
誰かいるのか、そう思った時、呼びかけに答えるように、戸が開く。
「あれ!! シュタイン!!」
顔を出したのは、兵士の服を着たリーゼロッテだった。
「え、リーゼ!?」
「早かったな!」
リーゼロッテはまっすぐにシュタイナーに駆け寄ってきた。さすがリーゼ、もう逃げ出してきたのか。シュタイナーはホッとして、自然に笑みが浮かんだ。
「シュタインー!」
星あかりの元、リーゼロッテは嬉しそうに手を広げて、シュタイナーに向かって来る。まるで久しぶりに会えた恋人の胸に飛び込むように。
シュタイナーも嬉しくなって、迎えるように駆け寄った。
湖面にも星が映り、夜空に入り込んだようだった。まるで世界に二人しかいないような……
そして満面の笑顔のリーゼを抱きしめた瞬間、
「あ!?」
──ばっしゃーん!!
間抜けなシュタインの声と、一拍遅れて、大きな水音。
「あはははは!!」
そして、リーゼロッテの笑い声が湖のほとりに響き渡った。
++
私はどうやら、感動的な再会に失敗したようだ。湖のほとりの小屋の中で、マーサとシュタインに睨まれて小さくなっている。
「お嬢様、どうなさるおつもりですか。こちらはシュタイナー様の一張羅でございましょう」
「す、すみません」
「幸い、泥汚れは無いようですが、明日までには乾きませんよ」
シュタインに会えたのがあまりにも嬉しくて、そしてあまりにも隙だらけで、ついつい投げ飛ばしてしまった。
暗くてよく見えなかったが、聖冠騎士の軍服で、シュタインの一番の盛装だったのだ。イミテーションのサークレットまで被っていた。あれはアンチマジック効果はないが、ホンモノの宝石で、物凄く高価なのだ。無くさなくてよかった……
マーサはお小言を言いながらも、小さな蝋燭を頼りに、タライで丹念に汚れを落とす。
シュタインは小屋にあった簡素な服を借りて、膝を抱えて拗ねている。
「わかっていたさ、俺なんかいなくてもリーゼは大丈夫だって」
「ごめんって、私たちも今ここに逃げてきたところなんだよ。助かったよ」
「……全然助けてないぞ……」
監禁されていた部屋から出た私は、とりあえず食糧庫で適当に腹を満たし、地下牢からノアとマーサを救出した。
この小屋なら、とりあえず朝まで過ごせるだろうとマーサに教えてもらい、三人で避難してきたのだ。ノアはシュタインが来る前に寝てしまった。
私は城に戻るつもりでいた。明日、披露宴で暴れてやろうと思っていたから。フリッツとウーベもあのままじゃ可哀想だしな。
シュタインに事情を告げようと思い口を開いた時、
『おーい、どういう事だ』
と、外から不思議な声が聞こえた。あれは、……飛竜の長の声だ。魔王の種をもつと、悠久の魔物たちの言葉も理解できるようだった。
「シュタイン、ちょっと待ってて」
まずはお礼を伝えなければと、私は外に出た。