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敗北した女騎士は、破滅を回避した悪役令嬢らしい  作者: ru
第六章 披露宴は交渉から
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72.シナリオ

 

 魔王の種は、ふわりと私の身体に入ってきた。

 私が望んだことなのに、無理に合わない薬を飲まされたような不快感。身体全体が跳ねる。


 ノアから貰う緩やかに流れる重い魔力とは違い、丸い塊が無理やり私の中に入ってこようとしているような、そんな感覚だった。


「ぐ、う……ふふ」


 幸いベッドの上だったので、そのまま丸くなってその感覚に耐えた。


 呻きながらも、私の顔はにやけていたと思う。


 これを取り込めば、私は誰よりも大きな力が手に入る。ずっと、ずっと、望む事も出来なかった力が。

 そう思うと苦しみすら快くおもう。これがもしかしたら、妄執、渇望、というものかもしれない。


 ──?


 何だか、頭が痛くなってきた。魔力……というより、長時間苦手な勉強をしたときのような……ズキズキとした痛みだ。なんだ?


 たくさんの人が頭の中で一斉に喋っているようだ……


『これよりここで、其方は私に尽くし、癒すのだ。その代わり私が剣となり盾となろう』

『お前の非道な行いは看過できるものではない。婚約は破棄させてもらう』

『ずっと今のままでいたいのなら、貴方が魔王になって、私はその眷属になればよいのですって』


 なんだ? 聞いた事のある声……シュタイン? ヴィンツェル?


 ……私?


 声は同じなのに、全く色が違う。もっと、皆の声は、明るくて優しい。昼と夜ほどに違う。何故そんなによそよそしいんだ、怒っているのか?


 頭の痛みは声と共に増してゆく。


 ついにその痛みに耐えられず、その声に耐えられず、私は頭を抱え込む。


 声はどんどん大きく、多くなっていく。


「う……あああ…!!」


 そして私の許容範囲を超えたのか、突然ばつんと弾けて静かになった。





 ほんの少しの間、意識を失っていたようだ。目を開けると、静かな部屋には窓から西陽が差し込み、ベッドには窓枠が黒い影を落としていた。


 本当のシナリオを、私は知った。そして、私が歩むはずだった人生(ストーリー)を。


 ……私は、魔王を復活させる役どころだった。そこで退場なので、先は知らない。


 そのシナリオは、アリシアの言っていた物語と同じだった。聞いた時はあり得ないと思ったが、私の状況が今とは大きく違っていた。


 ()()私は剣を持たず、淑女となるべく育てられた。

 道場への立ち入りも許されていなかった。シュタインもヴィンツェルも門下生ではなかった。


 確かに、今と一番違うのは、私かもしれない。


 だが、間違いなく、あれは私だ。

 剣を持たなかった私だ。


 美しさにかけては、すべてをつぎ込み研鑽を怠らず、国一番の美しさとまでいわれるほど。

 それを、努力の結果として堂々と披露していた。


 ……うーん、何かちょっとズレている気がする。淑女からもっとこう、謙虚さが必要だよな、アリシアみたいな……ああでも、アリシアはなぜかストーリーのほうが、普通で可憐だった気がする。


 とにかく、その私の涙ぐましい努力は、ヴィンツェルに婚約破棄という形でぽっきりと折られた。

 私が悪い。状況をよく考えもせずに人のせいにして、犯罪まがいの事をやったのだ。侯爵夫人にはなれないだろう。


 しかし私は反省もせず、頑張る私を捨てた世間に対して恨みをつのらせた。

 負けを認めたら負け、というのならば、私はまだ負けていなかった。


 それに巻き込まれたシュタイナー・クラウゼヴィッツ辺境伯。

 彼は、本当に、リーゼロッテを愛していたのに。


 今の私なら、見ればわかる。

 彼は、見た目も雰囲気も今のシュタインと大違いだが、私に向ける目だけは同じだったのだ。


 わかりやすく見つめられても、愛の言葉を囁かれても、リーゼロッテはそれを信じていなかった。

 この男が好きなのは「美しい女」だと思っていた。ただ自分を愛していたなんて、思ってもみなかったのだ。


 リーゼロッテは、森の城の不思議な図書室で、『幸せ』なんて望んでいない。本当はこうだ。


『どうしたら、不幸にできるかしら』

『私を駒にした家族、私を捨てたヴィンツェル、誘惑したアリシア、……それだけではないわね、私を捨てた、世界全部』


 そして示された本には、魔王復活の方法が書いてあった。一か八か。もしもこの人の愛が本当なら、自分の魂で事が成せると考え、


 ──自分を愛しんでいたシュタイナーを、魔王にしたのだ。



 ++



「失礼致します、御夕食です」


 部屋の外からの控えめな声で我に返った。頭に浮かぶストーリーの事を考えていたら、ずいぶんとぼんやりしていたらしい。


 なんで、シナリオ通りにならなかったのだろう。物心ついたときには剣をもって道場に出入りしていたから、原因は私ではないと思う。


 まあ、いいや。考えてもわからないことは考えない。今のほうがいいのだから、それでよいだろう。


 ふと窓を見ると、もう日は落ちて、藍色の空に明るい星が一つ見える。


 メイドが静かに入って来て、灯りをつけて、夕食を用意する。その様子を眺めていると、どうも既視感を感じた。

 ああ、シナリオの私も、婚姻の前日、こうして客間で夕食を用意されたのだ。クラウゼヴィッツ卿は同席しなかった。来たばかりの私に気を遣ったのだろう。


「辺境伯様は」


 そう私が聞くと、「本日はごゆっくり過ごされますよう言付かっております」と言われたのだ。私は放っておかれたと思い込んで、暗い気持ちになった。


「……え? 旦那様からは何も……ジークハルト様からは、本日はごゆっくり過ごされますよう言付かっておりますが」


 どうやら声に出ていたようだ。私に背を向けていたメイドが、驚いたように振り向いた。


「ふっ」


「何か?」

「いえ……何でもありません」

「はあ」


 全く同じ返答で、つい吹き出してしまった。このままではジークハルトが魔王になるぞ。いや、あれは私を愛するなどないだろうから、それはないか。


 メイドは不可解そうに眉を顰める。彼女は、表情も動きもあまり洗練されているとはいえなかった。やることはやっているが、動きが緩慢で、貴族の家に勤める気概のようなものは感じられない。


 そう思って改めて見ると、城の調度品も、貸してもらったドレスも、シナリオの森の城の方が裕福だったように思う。古いばかりではなく、流行りのものも取り入れていた。


『魔物の大群を退けた、若き英雄シュタイナー・クラウゼヴィッツ』か。


 それだけ活躍したなら、国を救った報酬があったのかもしれないな。


 そういえば、魔物の大群は来ていないな。そのうち出てくるのだろうか。出てくるフラグのようなものは、もう無いのだろうか。


 そんな事を考えていると、食事の支度を終えたメイドは、居心地悪そうに去っていった。じろじろと見すぎただろうか。



 ……さて、食べるか。これから大暴れだ。


 食事に何か仕込まれていても、今の私には効かないだろう。魔力は無尽蔵だ。魔術の使い方はわからないが、自分の身体はよく操れた。

 ためしに代謝を促してみると、すぐに骨折も傷も完全に治ってしまった。


 魔力を使わずに筋力だけで身体を支えて歩いてみる。痛みは無いが、萎えてしまったようでフラフラする。そこで必要な筋肉を取り戻すように作ってみた。

 ……できる。すごいぞ、これは。身体が覚えていれば、その状態に持って行けるようだ。もちろん、最盛期の自分の身体を再現する。


 筋肉が盛り上がり、腰に巻いたリボンが腹を締め付けた。おっと、ドレスが破けてしまう。慌ててリボンを緩めた。自分でできる服でよかった。


 肩や腕を触ってみると、みっちりと盛り上がって、力を入れると固くなる。その感触で、やっと自分の身体を取り戻したように感じた。そうだ、私はこうでないと。


 これで魔力で身体強化したら、私はどのくらい強いだろう。どこまで強くなれるだろうか。


「ふふふっ」


 手始めに、いろいろとお礼をしよう。


 私のシュタインを虐めた罪は重いぞ。


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― 新着の感想 ―
シュタインが間抜けなことしてる間にリーゼが目覚めてしまっ…シナリオ通りに行ってないんだよね、リーゼらしさが戻ってきてるしドタバタ劇がはじまるのかしら!? シュタイン、君の犠牲は無駄にしないよ!犠牲でも…
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